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第ニ皇女は以前、母の皇后陛下と共に離れに暮らしていたらしいが、皇后の病が酷くなってからは皇宮に転居し、同じ年頃の子どもが皇宮にはいないために独りの時間を持て余す日々を過ごしている。
彼女の部屋に置かれる数多くの縫いぐるみや人形は、その寂しさと無関係ではないだろう。
「……ティアローズ様?!」
(今日はどこですか?)
部屋の中を歩いて探す。お決まりのかくれんぼだ。
「———ワッ!!!」
「きゃあっっ」
突然にどこからか現れた少女—— ティアローズ・シャルロット・オルデンシア殿下の勢いに、セリーナは毎度の如く負かされてしまう。
十歳の全力の幼さでぶつかってくる彼女は、無邪気でとても愛らしい。
「セリーナっ。待ってましたわ!」
「ああ、また驚かされてしまいました……」
「だってあなた鈍いんだもの!」
そう言う彼女は嬉々とした笑顔を見せ、セリーナの来訪を心から待ち侘びていたのだとわかる。
世話係のセリーナはティアローズにすっかり懐かれているのだ。
「今日は遅かったのね。何かあったの?」
カイルと同じ艶やかな銀色の長い御髪、整った顔立ちに青い瞳は凛とした少女の清々しさと華やかさを兼ね備えていて、将来は必ず美人になるとわかる。
「カイル殿下のお妃様候補の方が間もなく皇宮に到着されるので、その説明を受けていました」
ティアローズの顔が即座に曇る。
「ええっ、お兄様の?!?!うそ、うそっ、うそっ」
「……本当です」
セリーナも嘘だと思いたい。
本当だと言う言葉、これは自分にも言い聞かせているのだ。
「お兄様のお妃には、私がなるって決めていたのに……っ」
カイルが大切にしている妹姫というだけでも情が湧くものを、本気で顔をしかめる彼女の純粋な気持ちを改めて愛らしいと感じてしまう。
彼女の世話係を始めてから、この部屋を訪れたカイルに一度遭遇した事がある。
セリーナの姿を認めてひどく気まずそうにしていたが、駆け寄って来たティアローズを抱き上げ、穏やかな笑顔を向けていた。
帝国を動かす者として冷徹だと言われるカイルも、妹君にとっては優しい兄上なのに違いない。
「お兄様は、もうここには来なくなってしまうのかしら……」
今にも泣き出しそうになりながら華奢な肩をすくめる彼女がいじましく、思わず抱きしめてしまう——。
「そんなご心配には及びません。ご結婚をされても、殿下は姫様の優しいお兄様なのに変わりはありませんから……」
言葉の通りカイルが結婚したとしても兄と妹の関係性は変わらず、これまでと同じようにティアローズの事を大切に扱うだろう——家族なのだから。
家族、という関係性……これからも生ある限り続いてゆくその繋がりが、こんなにも羨ましいと感じるなんて。
「セリーナも、少ししたらいなくなるのでしょう?」
「ぇ……」
「だって、みんないなくなるもの……」
セリーナは言葉を詰まらせる。確かに一年の任期満了の日は、刻一刻と近づいている——。
(話題を変えなければ……!)
「ティアローズ様っ。実は私、あなたとミドルネームが同じなのですよ!」
「……え?」
「私にもミドルネームがあるんです。セリーナ・シャルロット・ダルキアって言います」
「え、そうなの!?私たちお揃いねっ」
たいした話ではなかったが、皇女の単純な反応に胸を撫で下ろす。
——セリーナ・シャルロット・ダルキア。本来の名前だ。
両親のセンスとは思えないその垢抜けた響きは、惨めたらしい自分には到底似つかわしくなくて……村の者達に揶揄われるのが怖くて、その名を名乗った事は一度も無い。
「お兄様のお相手が優しい方ならいいのに。私、仲良くなりたいです……セリーナと仲良くなれたみたいに。私とお妃が仲良しなほうが、お兄様も嬉しいでしょう?」
こんなふうによ!と、人形遊びが好きなティアローズはライオンとふたつのウサギの縫いぐるみをこれみよがしにくっつける。
「姫様はお兄様想いですね。大丈夫です!きっと仲良くなれますよっ。そしてお兄様もきっと……喜ばれます……」
「ねえセリーナ、ずっとここにいて?!私、お世話係はあなたがいい。セリーナは何だか面白いし、とっても優しいものっ。私が結婚するまで私のそばにいて……ねっ?お願い……!」
たたみかけるうちに感情が昂ったのか、懇願する瞳を潤ませる。
「ティアローズ様……」
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