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——通い慣れたカイルの居室、『獅子の間』への通路。
今後は使用人が通る他はカイルとエルティーナ専用となる。
デルフィナが滞在するのは『華蝶の間』、皇太子の居室『獅子の間』の隣だ。隣と言えども部屋の広さ分の壁を隔ててはいるが、互いに容易に行き来出来る距離が配慮されている。
『獅子の間』の前を通り『華蝶の間』に向かうのは、セリーナにとってはとても辛いことだった。
「このあとすぐ、エルティーナ様は殿下とのご対面だから、私たちがしっかりサポートをして差し上げないと」
「ご到着早々お会いになるのですね……」
この扉の向こう側にその人が居る——…
いったいどんな女性なのだろう?セリーナの胸を叩く鼓動がにわかに激しさを増してゆく。
「……準備はいい?ノックするわよ!」
*
美麗な青い瞳を濡らし、エルティーナが泣いている。
腫れ上がった目元は宮廷に向かう道中もずっと泣いていた事を示すのに十分だった。
王女が国から連れて来た、ただ一人の専属メイド・オフィーリアが寄り添うようにして、王女の背中をさすっている。
「エルティーナ様。皇太子殿下に接見されるためのご準備を、わたくしたち二人がお世話させていただきます」
——ほらっ、お召し物の準備を!
王女の美貌に見惚れていたセリーナに、エリアーナが促す。
「 ぁ……は、はい」
——嫌がっている。
皇太子の、妻になれる人が……!
得体の知れない熱が目の奥から込み上げて来るのを、セリーナは抑える事が出来ない。
だが、わからないでもない、自分だってひどく畏れていたのだ……カイルの事を深く知るまでは。
セリーナは心を奮い立たせ、エルティーナに微笑みかける。
「あのっ……エルティーナ様。カイル殿下はとても素敵な方です……だからどうか、泣かないでください。一度ゆっくりお話をされたら……きっと、わかります」
カイルには幸せになって欲しい。
そして妻になる、エルティーナ姫にも。
セリーナは右手の薬指にはめられたリングの輝きにもう片方の手のひらを重ね、ぎゅっと、握りしめた。
「さあ、もうじき殿下に会えますよっ!私たちがとびきり美しく仕上げて差し上げます……。ドレスはどれがよろしいですか?!オフィーリア様も、着替えのお手伝いをお願いします!」
大丈夫、笑う事には、昔から慣れているのだから——。
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