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「ああ……まぁ、宮廷に慣れるまでは何かと不安でしょうから。いつでも訪ねて下さい。朝晩は大概、執務室に居ますから」
心では否定していても、屈託のない笑顔で見上げてくるエルティーナに、出会って間もないとは思えぬ親しみを感じてしまうのは何故だろう——?
「あの……殿下のお部屋、『獅子の間』って。私のお部屋のお隣、ですよ、ね……?」
居室を隣接させる事も——…
カイルは全力で拒否したのだが、アドルフが無理からにセッティングしたのだ。
「それが何か?」
「殿下が近くに居てくださるの、心強いです」
この流れのまま婚約してしまったら、結婚はもう逃れられなくなってしまう。抗うための打開策を探し求めている間に、事態は前へ前へと進むばかりだ。
「私、一度お部屋に戻って着替えて来ますね。今日は殿下と、晩餐をご一緒すると聞いているので……」
「えッ、——?」
王女と晩餐だなんて誰が決めたのだ。
共に食事など許した覚えはない、ただでさえこの状況は息苦しいのに。
(さしずめこれも、アドルフの差しがねだろう……!)
では後ほどっ。
振り返り駆け出そうとしたエルティーナだが、ドレスの裾に足を取られて——……
きゃっ!!!
「——ッ」
咄嗟に彼女を抱き止める、いつも大切な人に、そうしているように。
「私ったら……!申し訳、ありません……」
ひどく困惑してカイルを見上げるエルティーナと目が合えば、抱えられた腕からサッと身を引く。
「し、失礼いたしますっっ」
慌てた様子でくるりと踵を返し、ドレスを引きずりながら走り去る彼女の顔は、真っ赤に火照っていた。
「…………」
そそくさと執務室を出ようとするエルティーナの後ろ姿を、カイルはじっと見つめてしまう。
(———やはり似ている)
彼女の仕草や醸し出すその雰囲気が、とても良く似ている。
屈託無くよく笑い、よく転ぶ———カイルの大切な人に。
(エルティーナに妙な親しみが湧くのはそのためか……)
もしもそうだとしても。
アドルフの思惑に易々と嵌るほど、この気持ちは簡単じゃない。
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