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オルデンシア帝国・第八代目皇太子——カイル・クラウド・オルデンシア殿下。
先の戦争で彼が流した血は計り知れない。
強靭な戦闘能力者でありながら剣技は帝国一・ニを誇り、どんな絶望的な戦いも勝利に導く美貌の天才。
冷徹な気質で逆らう者に容赦はなく、帝国を維持するために彼が殺した者の数は数百名とも云われている——。
(そんな恐ろしい人の、宵のお世話だなんて……そんなの全然、聞いてません……!)
涙目になってがくりと肩を落とす。
セリーナの様子を見ていた隣の席の令嬢がクスッと笑った。
(な、何が可笑しいのですか?! アナタ、見ず知らずの男性と夜を過ごすのですよっ?! 見ず知らずって言っても皇太子様、ですけど……。皇太子様でも何でも、好きでもない男性とですよ?!)
——この宮廷ではそんなものを業務化しているのか!
にわかに押し寄せた妄想にぞっとする。
わたわたしていると、クスッ。隣の令嬢がまた笑った。
「あなた、本当に知らなかったのね……」
穏やかな落ち着いた話し方をする綺麗なひとだ。
「では他の皆さんは、この鬼畜な職務をご承知の上で志願されたとでも?!」
「勿論。でなければ話が違うと皆が怒ってしまうでしょう? あなたのように。出願書類にも重要事項として一筆書かれていた筈ですが、確認されなかったのですか?」
「そ、そうなのですか……」
(お母さん……。いつもの天然ぼけで出願書類を書き損じたのね? 重要事項もろくに読まずに……マルを付ける場所を、間違えたのですねお母さんっっ)
『書類、書いて出しておいたわよ』
穏やかに言い放った母の笑顔。
もともと不本意だったセリーナの人生が、ますます望まない方向へと進んで行く。
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