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  物語は、少し前に遡る。 帝都から遠く離れた、ロレーヌ地方のとある村——。 眩しい日の光が差す景色の中に、美しい蝶『フレイア』がふわりふわり飛んでいる。畑仕事の手を休め、セリーナ・ダルキアはその優雅な姿を眺めていた。 フレイアは、青々と茂る葉っぱにとまったり、白い花の蜜を吸ったり。 淡いブルーと碧色(みどりいろ)で編まれた美貌の羽を、光の中で煌めかせて…… ——なんて綺麗なんだろう。 憧れに似た眼差しでそれを見つめる。 なのに、自分は……。 身体中が泥にまみれ、髪は小さく頭の上に引っ詰めて。女子力の無さを気にすることすら、ずっと昔に忘れてしまった。 セリーナに付けられた異名(あだな)は『ガイム』。嵐の真夜中に泥の中から顔を出し、地を這い回る醜悪な嫌われ者の虫だ。 「ガイムが食ってら〜っ!!」 コラッ!と叫ぶと、うわぁぁぁっと村の子供達があぜ道を走り去って行った。  昼食の弁当を食べながら空を見上げる、一人きりの食事。いつもは一緒の父親も、今日は市場に野菜を売りに行っている。 畑仕事は辛くはないけれど、せめて自分にも『能力』が備わっていれば、父親をもっと楽に働かせてやれていたかも知れない。 恵まれた者たちは、ある種の『能力』を持って生まれて来る。 それは世襲性をもち、『能力』の備わった両親のうち強力性のある性質が子に引き継がれるとされている。 雷、風、土、光……それらの種類は多岐にわたるが、いづれにせよ『能力』を持つ者たちはこの世界で優等とみなされ、無い者たちは劣等……能力者でなければ生きづらい世の中だ。 白い雲がのんびりと、澄み切った空に流れて行く。 あの雲が流れる向こう側に広がっている世界。セリーナが見たことのない、煌びやかな『帝都』。 人びとは美しく着飾り、美味しい食事を提供する飲食店が軒を連ね、背の高い立派な建物や商店、その傍らには豪奢な馬車が行き交う……。母からもらった本に、そんな街を舞台にした物語が描かれていた。 このオルデンシア帝国の帝都は、昼夜に渡り馬車を走らせたとしても三日はかかる。まだ一度も行ったことはないけれど、物語よりもきっとはるかに豪奢で素晴らしいのだろう。 蝶にでもなれたら、飛んでいけたかも知れない。 「はあ……」
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