予言

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予言

「貴方、南には行かない方がいいわ」  と、突然声を掛けられたのは、魔法の国に居た時の話だ。あまりにも突然だったのと、嫌に真剣な声で言われたからか、つい足を止めてしまった。視線を配れば、目元まで深くフードを被った一人の女が居た。この日は数年に一度と言われるほどの大雪に見舞われた日だった。流石に野宿は自殺行為だと思って、やっとの思いで街へと辿り着いていくつもの宿を梯子して空室を見つけた。風呂で身体を温め、熱いスープで腹を満たし、その熱がほっと心を温めた頃だった。……多分、疲れも相まっていたのだと思う。普段ならこういった魔導師……いや、魔術師にも満たない、まじない師やら占い師と言った類の言葉には基本的に耳を貸さない。 「なんで?」 「貴方にとっての死の方角だから」  と言うのも、この手の人間は酷く曖昧な言葉でしか語らないからだ。未知は良い。好奇心が疼くし、知的欲求も駆り立てられる。未知を解き明かして暴くこと以上に楽しいことはない。だがその言葉たちは未知ではなく、曖昧だからだ。曖昧なのが悪いと言うわけじゃない、言葉が曖昧であることが嫌なのだ。曖昧な言葉で人の不安を煽ったり、不確かな幸福を期待させる。 「あんたに、俺の何が分かる?」  それがどうにも、性に合わない。中途半端で曖昧な言葉で人の歩む道を惑わせようとする彼らの言葉が、嫌いなのだ。曰く、人を導く為だと言う者も居るが。 「あんたに、俺の何が視えてるっていうんだ?生まれた場所?死ぬ場所?幸福の在り処?不幸の在り処?……俺はいつ、それを探し求めた?俺はいつ、あんたにそれを聞いた?」  この国を治める"大魔女"もしくは"星詠みの塔"に住まうと言う"魔導師"、または隣の聖なる国を治める"大聖女"ならばいざ知らず、国に仕えている様子のない、街の片隅でひっそりとまじないを唱えているだけの者に、どうして俺の行く先を視られなければならないのだ。 「……ま、一応覚えとくよ。別に何処で死のうが構わねーけど、まだ死にたくはねーから」  この世界で見ておきたいもの、辿り着きたいもの、手に入れたいもの。沢山の未知が溢れている世界を巡る旅で忙しくて、まだまだ死にたくないのは確かだった。「泥に気を付けて」、と聞く耳を持たなかった俺に向けて健気に声を掛けてくれた彼女の名を、俺は知らない。
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