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『ヤンチャな子犬も八尾には従順ねー』
「八尾君、怖いから」
ついでに和音もね…と言えば、後ろから、ははっ…と笑い声が聞こえた。
振り向くとまだそこには八尾君がいて、窓枠に肘をのせた格好で、右手に持ったチケットをひらひらと振って見せる。
『一ノ瀬、チケット手に入ったけど、一緒に行く?』
「嘘?取れたの!?もちろん行く!」
『じゃ、今週土曜日、駅前に18時な』
「わかった、ありがとう!」
八尾君が誘ってくれたのは、地元出身のピアニスト、有栖川 響のコンサート。
作曲家でもある彼が今年に入って発表した曲は世界中から大絶賛された。
その曲を本人が故郷に帰って演奏するという贅沢極まりないコンサートのチケットは、当然ながら発売と同時に完売。
子供の頃から大ファンだった私は張り切っていたけれど、手に入らず。
絶望に打ちひしがれていた私の分を、八尾君の伯父さんが主催者側の関係者だとかで、掛け合ってくれたらしい。
『へぇ、デート?』
このやり取りを見ていた和音が冷やかすように目配せしてくる。
「いや、デートってわけじゃ…」
『一ノ瀬に俺はもったいないよ』
和音の質問に軽く笑って流した八尾君。
真面目で寡黙で、寸分のブレもなく、音楽に対して真っ直ぐに向き合う姿勢の彼。
校内ではファンクラブが出来上がるほどの人気で、女の子達に騒がれているけれど、全く興味がないみたいで知らん顔。
邪魔をしないように…と、ひっそりと、彼を本気で想う子達も大勢いることを彼は知っているのだろうか?
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