第1番 可愛い子犬

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うんざりした声をあげた和音の後ろを通りかかったのは、同じ合唱部の八尾君。 こちらもまた、神木君を見て、げんなり、というように眉根を寄せると、 『神木、今日もいるの?』 『うわぁぁ、律己先輩!?』 『こんなことしてる暇あったら、先に行って練習してろよ』 『ちょうど、通り道だったので…』 『どこがだよ。お前の教室、反対側だろ?』 途端に追い詰められた神木君。苦し紛れの笑顔で『えーっと…、移動教室だったんです…』とか言っているけれど、八尾君の前ではもうタジタジ。 ここで、和音はにやりと笑う。 『まあまあ、八尾。神木、迷子なんだってー』 『そうなんですよ!ちょうど愛音先輩に会ったから連れていってもらおうと思って…』 『わかった。俺が連れていってやるよ』 『え?ちょ…ッ、待って!離して下さい!!自分で行けますから!!』 引きずられる神木君を見ながら、『さーて。私達も用意して行こうか?』と笑う和音は、清々した…とでも言ってしまいそう。 これがいつもの放課後の光景。 懐いた子犬を連想させる神木夏弦を日々追い払うのは、高1、高2と同じクラスで、中学から合唱部で一緒だった中川和音(なかがわかずね)だ。 そして、神木君を引っ掴んで連れ去った、端正な容貌の彼は、一部のファンの間でこっそりと、“寡黙な黒髪王子”と呼ばれている、八尾律己(やおりつき)。 普通科の私達とは違い、音楽科ピアノ専攻の彼は、常にコンクールで上位に名を連ね、将来、プロを目指している、私が心から尊敬している人だ。
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