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街中に広がる不可思議な気配に、僕は多少ではない違和を覚えていた。緩やかに汚染されていく人のようで人のものじゃない、化け物のような匂い。脳髄を引き絞るような緊張感を醸すなかで、そこだけが一つの綻びだった。
街を歩き回ればその匂いにはいくらでも行き当たる。
「なるほど、これは重症だな」
中部地方の中規模都市の中で、ここ鹿々長間市に異常が起こっていると話を持ちかけられたのは二週間前のこと。それから準備を整えて街に着いたのが二日前。その時点で中心街だけでなく郊外までもが異様な雰囲気で満たされていたので、もはや僕一人の案件でないことは判っていた。
僕、霧原森羅がこの街に駆り出されているのに、しかしそれでも他に居るはずの術師が見当たらないのは、何かを警戒しているのか。
「……………………」
息を吸うと、漂う妖気が身体に沁みる。痺れるような痛みが居所を知らせてくる。
「来い、ロキ」右手の中指に填まっている指環から、小さなエーテル体が煙のように渦を巻いて僕の周りを巡る。しかしそれは煙ではなく、極小の氷の結晶の集まりだ。それを視認してから右手を前に突き出して神経を尖らせる。「露晶輝刻」
唱えると、凍気が腕に纏わり。
氷に色をつけたような武装が顕現する。
それは禍々しいほどの赤色をしており、発される凍気に皮膚が切られそうに錯覚する。
地面を踏み蹴って、前方を歩いているスーツ姿の男性に駆け寄った。その動きに相手はぎくりと動きを止めてしまい、大きな隙を曝す。
「紅蓮氷刃巻斬」
がら空きの腹部に右手を叩き込む。打点から標的の体躯が爆散されるが、しかしその大部分が地面に跳ねることなく蒸発した。
式神武装を解除して、指環に戻したのち、地面に残っている人型をしていたものの残骸を拾い上げる。
鞄、服、靴。財布や携帯電話などのアクセサリ、それに混じっていくつかの宝石が見当たった。赤いものや青いものが多く、見ただけでは材質は解らない。
僕にしたって別にこんなものに明るくないのは普通だし、そもそも他者の持ち物を漁っている行為そのものが人間としてもモラルに反している。「今のが本当に人間だったのかは兎も角だけど」
通行人が奇異の目で僕を見ているのはまあ、良いとして。それでも白昼堂々と殺人行為をやってのけた僕に対して、誰もさわがないのは不自然を通り越して異常だ。
「なるほど」などと呟いても、別にそれで何かが変わるわけでもなく、異常な日常を繰り返す街の中で消えていった叫び声は、僕の想像を絶するのは容易だろう。
気付けばそこかしこに『昏い世界』への門が開き続けているのでは、正常な者でもあからさまに病んでいくのは想像に難くない。
「霊地としての規模はさして大きくない筈だったけど、これは」
空間の歪みが一級霊地のそれにまで迫っている。だからこそ、僕に依頼というか、懇願が届いたのだけれども。
「魔素(マナ)とは違うようで、同じ。なら、どうして国内の魔術師は動かない?」
僕よりも腕の立つ術師などいくらでもいるだろうに。
それとも、式神遣いとしての力量を試されているか。
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