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はじめから、裏なんてなかった。
あの夜オマエと話せたのが嬉しくて、ハイになって、浮かれている俺はうっかり口に出している。
「まず、俺はミクちゃんに嘘をついたことないよ」
いまだ玄関で靴も脱がない彼女に、言い聞かせるようにゆっくりと言葉をかける。
「むしろ、嘘つきは自分でしょ?」
俺は隠し持っていた紙切れを指で摘んで、彼女の目の前に差し出した。
部屋で拾った、ただのメモ用紙。
でも、それを映した途端に彼女の瞳の色が変わった。
粘着力が弱って剥がれ落ちてしまったらしいそれには、手書きの文字が並んでいる。
〝もう、蜜とは距離を置きます。さようなら。〟
誰がいつ書いたものなのか、当然わかっている。
これを書いた男の〝弱くて柔らかい部分〟をやさしく突いて、蜜を手放してもらうようにお願いしたのは紛れもなくこの俺だ。
蜜という名前の女の子についても、よく知っている。
「ねえ、俺には呼ばせてくれないの?」
彼女の小さな顎に、右手をかける。くいっと僅かに持ち上げると、背の高い俺との目線がまっすぐに重なった。
大きな瞳のなかに自分が居る。そのまま閉じ込めてくれたらいいのにな、と思ったりする。
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