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3
それから何日かが過ぎた。ヒカルさんの部屋で家事をしながら毎日を過ごす。
彼の生活の物の中に、ちゃんと私の物があって、私もここで暮らしていたはずなのに、未だに何も思い出せないのが悔しい。
彼は仕事へ行き、帰ってくると私がいることに満足そうに笑って、夕飯の手伝いをしてくれる。
本当はもっと先を望んでいるのかもしれない。恋人の私との生活はどんなだったんだろう。
そんなことを考えるけれど、ヒカルさんはそれに関しては何も触れず、ただそこに“私”がいることを肯定してくれる。それも申し訳なくて、自分の存在に嫌気がさす。
「今日はクローゼットを整理しよう」
そう意気込んだ私は何気なしにクローゼットを開け、その中を探る。と、その中に古びたお菓子の缶のような、金属の箱を見つけた。
「なんだろう、これ……」
少し周りが赤錆びたそれは、とても大切なもののような気がした。箱の蓋には、彼の名前が書いてある。
勝手に開けてはいけないものかもしれない。だけど、これを開けたら“本当の私”が見つかるかもしれない。
せめぎ合う気持ちの中、私は恐る恐るその缶に手を伸ばす。そうっと缶の蓋を開けた。
──ガッチャーン!
思わずそれを落としてしまった。缶の中身が、はらりと床に散らばっていく。
それは、私の写真。それも、私は高校の制服を着ていた。どこかから盗撮したような、カメラ目線ではない私が、その中で笑っている。床に散らばった写真は、どれも同じようなものだった。
“幼いころから仲が良かった”はずなのに、ヒカルさんと共に映っている写真は一枚もない。
「私が高校生ってことは、ヒカルさんは大学生……確か、生活もすれ違っていたって……」
──何故?
──どうして?
『それにしても、自分の好みの女を育てようだなんて、発想が光源氏みたいですね』
何日か前に見た、ワイドショーの事件が頭をよぎった。誘拐され、洗脳され、犯人の恋人として暮らしていたというあの事件。
「ヒカルさんに限ってそんなこと……ある?」
──彼は、一体何者?
──私はこのままここにいていいの?
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