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 彼は私に背を向け、脱ぎ捨てたシャツを拾い上げる。 「ごめん……」  と、それを羽織る彼の背中に、痛々しい傷跡が見えた。  え、それ──。  その瞬間、私の中にどっと記憶の渦がなだれ込んでくる。 「おにい、ちゃん……?」  ──そうだ、あの、傷跡は…… 「危ないから、やめろって」 「大丈夫だよ、これくらい」  私の父は私が10歳の時に再婚した。その再婚相手の連れてきたお兄ちゃんと、私は毎日遊んでいた。お兄ちゃんはとても優しくて、お転婆だった私の遊びにいつも付き合ってくれた。  その日、私は近所のボロ屋の探検に来ていた。古びた館の階段を上っていくと、それはぎしぎしと音を立てる。後ろにおにいちゃんが居ると思えば、何も怖くなかった。 「ほら、大丈夫だったじゃん」  2階にたどり着いて、私は後ろにいるお兄ちゃんを振り返る。と、突然、メリメリという音と共に私の体から重力が消える。 「エリ!」  お兄ちゃんの叫ぶ声で、床が抜けて私が落ちたんだと悟った。しかし、身体にあるはずの衝撃は、いつまでたっても訪れない。それどころか、あったかくて、安心する── 「エリ、無事か?」  小さな声が、耳元で聞こえた。私はお兄ちゃんを下にして、抱きしめられていたのだ。 「お兄ちゃん!」  私は目を見張った。お兄ちゃんから、血が出ている。 「エリを守れて、良かった……」  耳に届いたのは、弱々しい呼吸。 「お兄ちゃん、嫌だ、嫌だ──」
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