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「エリにアタックしたのはダメ元だったんだ」  ヒカルさんはまたカップに視線を向け目を細めた。 「近所に住んでいた“お兄ちゃん”が、ある日突然『好きだ、付き合ってくれ』だなんて、俺だったら気持ち悪いからさ」  ハハッと笑いながら、ヒカルさんは紅茶をすすった。 「それからエリと付き合って、一緒に暮らし始めて、──今日でちょうど3ヶ月」  ヒカルさんは掛けてあったカレンダーに目を向けた。 「今日は、5月30日……」 「そ。エリがここに引っ越してきたのは、短大を卒業する時だったから」 「そう、だったんですね」  少しは何か思い出すヒントになるかもしれないと思ったけれど、これっぽっちもピンと来ない。私はいつの間にか手に持っていたマグカップを両手で包み込んだ。  申し訳ない気持ちが、どんどん膨れ上がる。どうして大切な人を忘れてしまったんだろう。悔しくて、下唇を噛んだ。  すると、隣から大きな腕が伸びてきて、私を包み込もうとする。が、その手は私の背に触れる直前で元の位置に戻っていった。 「エリが思い出せるまで、触れない方がいいよな」  彼にそんな思いをさせてしまう自分が不甲斐無い。 「本当に、ごめんなさい……」  冷たいものが、頬を伝った。きっと泣きたいのは、ヒカルさんの方だ。ヒカルさんは私の頭をぽんぽんと撫でると、空になったマグカップを持ってまたキッチンに戻っていった。
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