一「化野圭」

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一「化野圭」

 鳥居をくぐれば、そこには化(け)者(もの)が立ち竦んでいるが、その半分腐り落ちた体躯は、彼の目にはそれでも活きている亡者でしかなかった。 「…………空羽(からばね)」  右手に持った両刃のダガーが月光を反射して鋭く光る。それをひゅるりと回転させて、顔の高さまで持ち上げる。  今は深夜。  灯りのほぼ存在しない空疎な裏道は、神社を護る結界としてはあまりにも脆弱だった。  気怠げな青年の顔が、一瞬だけ殺気を帯びるが、その感覚は亡者には伝わるはずもなく、ただそこに立っているだけの青年が、きり、と音を立てる。 「……閃刃・空断」  呟く言葉を置き去りにして、彼の姿は既に化者の後方に存在していた。崩れてゆくそれを確かめつつ、次に顕れる大きな化者の姿に、溜息を吐いていた。 「厄介だな、そろそろ死ぬのかな、俺は」  死にそうにない口調でそんなことを言ったところで、何の真実味もないが。  夜明け前に、彼は自分の暮らす場所へ戻ってきた。  音を立てぬようにドアを閉めて、そのまま小さな居間に向かい、その真ん中にある座椅子に背を預けた。  目の前で寝落ちしている同世代の少女には気付かれず、掠れた目でその姿を眺めていた。 「…………暑いな」 「んぅ……?」  身動ぎしている彼女に、気付かせたかと後悔しながら。  沈黙して彼女が再び寝入っていくのを確認する。 「全く、夜通し待っている必要はないんだがな」  立ち上がって、その少女を抱き上げた。いつものように。彼女の寝室に歩いていって、ベッドの上に寝かせる。古い布団は、普段から丁寧に手入れをされていて、使い古しているはずは思えぬほどに柔らかい。  布団をかぶせて、彼は眠ることなく台所に向かう。そもそも彼には自室などなく、全員が一部屋に詰め込んだベッドに集まっている。 「今日は何にしようか」  鞘に収めたダガーが上着の中に仕舞ったホルスターの中でからりと鳴るが、それには意識は向かず。既に眠気の中にある彼は、全員分の朝食を作り始めるルーティーンの後は眠るのみだ。  と、台所に入れば。 「お、圭兄。帰ってきたんだね」 「なんだ、起きてたのか。美則(みのり)」  美則は「まあねー」と楽しそうに笑う。 「起きたって言うか、寝てないんだよね。ちょっと筆が乗ってきてさ」 「そうか。まあ、身体を壊さないならいいが」  圭は何をしてるのかは知らなかったけれど、それを楽しめているのなら、咎める気はない。 「圭兄は今日も化者退治? お仕事大変だねえ」 「まあ、他にやることもないからな。ここの運営だって、金もなきゃあできないし」  新奈には稼ぐ力はないからね、と零す。彼らは役割を分担して、ここの小さな孤児院を支えている。  その気になれば圭自身は、いつでもここを出て行くことができるけれど。しかし自分の育ったこの場所を放り出すことなどできずに、「影(かげ)牢(ろう)」に加入した今でも、同じ場所に居続けていた。  夕方に目を覚ますと、居間には新奈(にいな)が座っている。机に向かって何かをノートに書き付けているようだった。邪魔をするまいとそのまま素通りしようとしたところ、「圭くん」と呼び止められてしまった。 「……どうした?」  立ち止まって応じると、いいからおいでと手招きしてくる。  促されるままに向かい合って座ると、ちょいちょいと手を動かした。その意味を理解している圭は、手に持っている空羽を手渡す。  新奈がそれを確認するのを見ることなく、自分は携帯端末で新しい任務を確認していた。 「大分使い込んだね。刃毀れはしてないけれど、その分全体が磨り減ってる。最後に研いだのはいつだった?」 「半月前だったな。それ以降は毎日化者狩りで、どうにも」 「そ。とりあえず、今から手入れしておくよ。夜までには渡せるから、圭くんは夕食を作ってくれる?」 「わかった。毎度世話になるな」  新奈はその言葉に、嬉しそうに笑う。 「そりゃあね。大事な弟だもの」  いくつになっても変わらない関係も、圭には心地良い。  ところで、そろそろ帰ってくるはずの子供たちが戻ってこない。 「…………何をしているんだ?」  していると、子供の一人が玄関に飛び込んできた。 「あ、圭兄! 来て! 迷子見つけた!」 「迷子?」
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