一「化野圭」

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 影牢からの指示は、阿修羅型の化者を斃すことだった。  圭が住宅地の屋根を音も立てずに進んでいくと、近くに川が見えてくる。住宅地と市街地の境界にある大きな川は、周辺が公園になっている。  広い河川敷に降りて、コンクリートで固められた地面を歩く。今回の任務に一人で臨むとは考えにくく、複数の人員で当たるはずだった。 「俺たちは近衛師団のはずなんだがなあ。なんで首都から離れた街で警備活動をしているんだ?」 「そりゃあまあ、お前がここから離れないからだろう?」 「そうだろうな」  仕方ないかと呆れながら、隣に立つ青年を見遣る。 「久(く)憲(のり)、今回はどうだ」 「あまり良くないな。阿修羅級はそれほど強くはないが、如何せん手数が多い。斃すなら五人は必要だろうが――」 「え、俺たちだけか」  別の案件で人員を取られているらしいと久憲は言う。なんだそれはと問うと、街の中に小規模な化者の出現情報が相次いでいると返された。 「ふうん。俺がそれを知らないのはどういうことなんだろう」 「知るか。どうせオレのような末端に渡される情報なんてこんなもんだろ」 「それもそれで哀しいな」 「いいじゃないか。それでも――――っと、来たぞ、阿修羅だ」  地面を揺らす音が足から伝う。闇の向こうから大柄な影が近づいてくる。その色は見えずとも、禍々しさはそんなことでは紛れはしない。  圭は空羽を構える。  隣で久憲も構えを取るが、武器自体は取り出さない。  その光が見えたのか、向かってくる敵が大きく跳び上がる。二人が立っている場所を着地点にして。  圭と久憲は反対方向に飛び退る。隕石のような着地を見てから、圭が阿修羅に向かって飛び込む。  複数の紅い腕が自身に伸びてくるのを正確に躱しながら、相手の首筋を狙ってダガーを突き込む。  弾かれる。腕が素早く戻ってきて防御していた。  その防御と同時に久憲が右手から太い針を射出する。反対側の攻撃を相手は完全に見てから避けている。 「それっ」  久憲の左腕から火薬玉が飛んだ。それを阿修羅は危険でないと判断したのか避けようともしない。それは思う壺なのだが。  火薬が弾ける。  破裂音と小さなスパークが敵の目を微かに眩ませた。 「閃刃・独楽」  阿修羅の背後に回った圭が回転しながらその背中に斬りつける。ダメージが通っているとは考えにくいけれど。化者の堅さは異常だった。  意識が圭の方に向いた時に、振り向くことなく右腕の剣で突きを狙う。正確に彼の位置を把握していることが驚異的だった。  生身の相手に刃が通らないことは幾らでも経験してはいるが、流石に二人だけで斃すのは不可能では?  そう思っている圭の視界に何かが見える。  円筒形の何か。その端には線が延びていて、火花を放っている。  それを認めた瞬間に圭も久憲も大きく離れた。 「――――ダイナマイト!」  炸裂。白い光が視界を染めて、網膜にその像を焼き付ける。  久憲の暗器の一つで、奥の手に類する爆弾だった。それを彼は戦闘開始時に大きく上に投げていた。それに圭は全く気付いていなかった。 (全く。そういう戦略は勝てる要素がないな)  ダイナマイトの爆発は阿修羅の左腕を削ぎ取っていた。しかしそれを痛がる様子も見せず、残っている右腕で攻めてくる。  大きく隙ができてしまえば軽いものだった。相手の腕が削れてしまえば、攻め手が減って楽になる。  圭は敵の左側に回る。そこなら攻撃を受けにくいだろうと践んだが、しかし相手はその場で右脚を軸に回転し始めた。 「くっ!」  暴風のようなその勢いに圧され、大きく後退する。  痛みを感じて左肩を押さえると、そこに裂傷ができていた。傷は浅いが、鋭い痛みは思考を蝕む。  それでも、そのぼやけた感覚で見えるものもある。 「そこだっ」  回転が止まった瞬間を見計らい、圭は右手のダガーを阿修羅の右眼に向かって投げつけた。  吸い込まれるように突き刺さったそれが眼球を潰す。その痛みは化者にもあるのか、低く唸るような悲鳴を轟かせる。 「ほうら、隙だらけだ」  久憲の放ったチャクラムが阿修羅の体躯を削っていく。  というか、どれだけの武器を隠し持っているのかがよく判らないが。  しかしその弾数は、確実に相手を無に散らしていく。  足が止まっているその最中に、圭が阿修羅に向かって踏み切る。一歩で詰めた間合いから真上に跳び上がる。  その上昇の途中で、敵の右眼に刺さっている空羽を引き抜き、落下の勢いで頭頂部に突き込む。  久憲の攻撃に気を取られていた阿修羅はその動きに反応できず、頭部を破壊された瞬間に動きを止めた。  ごおん、と重い音を響かせて巨大な体躯を霧散させると同時に、圭の全身から力が抜ける。  地面につくと座り込んで、危ないなあ、と零した。 「お疲れ。立てる?」 「無理。少し休むよ」  久憲は「そうかい?」と首を傾げて、撒き散らした暗器の回収に走っていった。元気だな、と呆れて見ていると。 「そういえばさあ。この辺で迷子とか見なかったか?」  唐突にそう言い出すので、内心で驚く。雪音のことを知っているのかどうかを探ろうか迷う。 「迷子? そんなん居たら、俺は見逃さないが」 「だろうな。今のは確認だよ」  無意識に韜晦したような、そんな感じだったけれど。  それを圭自身が気付くことなく、その場では別れ、次の場所に向かう。  何もこの一件だけが今夜の仕事ではない。街のどこかに顕れる化者を排除し続けなければならないのは昔からであり、既に彼らのライフワークになっている。
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