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「むぐむぐ」
「呑み込んでから喋り」
「…………なんか餌付けされてる気がする」
「気のせいだろ?」
その返答にリラはじとー、と睨めつけてくる。怖くはないけれど、不審がられているのは明白だった。
「なんで、毎回わたしにご飯食べさせるのさ。懐柔するんならわたしじゃない方が」
懐柔? 考えたこともなかった。そもそも死神に取り入って何の得があるというのだろう。
不思議に首を捻っていると、リラはあからさまに呆れた表情を見せる。
「莫迦なのかな」
「それは否定できないかな」
結構昔から考えなしだと言われることは多かったから、それを無視するのは違う気がした。
「じゃあ、馬鹿野郎」
「それは渾名じゃなくて罵倒だ」
「じゃあ、大馬鹿野郎」
「なんで悪化するんだよ」
むむー、とリラは不機嫌に唸る。その間も茶碗を放していないのが、彼女の性格を表している気がした。
「何がしたいのさ、結局」
「さあ。なんとなく、二人で食事したいって思ったから」
それ以外の理由なんか無いよ、と返すと。心底から理解しがたそうに首を傾げてしまった。
「家族とか、いないの?」
「一人暮らしだもの。家を出た学生なんてこんなもんだろ?」
実家は北の方だ。関東まで出てきたのには理由は無いけれど、家から離れたかったのだろうか、と今になって思う。
「独りで居たいわけじゃないってこと?」
「どうだろう。ぼくは、自分のことがよくわからなくてね」
ざく、とヒレカツの衣を鳴らして、リラは無表情にそれを噛みしめる。空虚、そう言われてしまうのだろう。
それは、一番的確にぼくを表す言葉だ。
「―――未知の可能性ってこと? 二年も前に死んでいたはずなのに」
と、予想しない返答に少しだけ面食らう。
「死人みたいなものじゃないか、既に」
可能性が枯れていないのならね、となかなかに辛辣だった。
だから、死ねないのか。そういうわけでもないのだろうけど、しかしどうにも、しっくりくる言葉も他にはなかった。
「え、わたしって死人を殺そうとしてるの?」
「違うと思うけど」
一応、ぼくは確実に生きている。そればかりは否定されたくはなかった。いつか死ぬのは皆同じでも、こんな早く死ぬのは少しばかり嫌なものがある。
「きみ、どういう風にぼくを殺すように言われているんだ?」
「どうって、上司からこの人間をって資料を渡されるだけだけど」
くるり、と右手を振って、その上に靄のように形を為すウィンドウが出てくる。
文字が何と書いてあるのかは読めないけれど、そこにはぼくに関するものが表示されているのだろう。
「ふうん。まあ、それはわかったけど」
そのウィンドウを凝視しながら、可能性めいたことを指摘する。
「誰かと間違えているってことはないの?」
「ないよ。今までだって一度も取り違えをしたこともないし、わたしは日本の住所情報はちゃんと把握してる」
そうでなきゃ、死神なんてできないからね。そう言って少し得意げだった。
「そうか。ところでここの住所って言える?」
「うん?」
不思議そうにしながらもリラはここの住所を部屋番号まで間違えずに諳んじて見せた。確かにこの能力は本物だった。
「じゃあ、ぼくの死因ってなんなの?」
「…………それは聞いてないな。わたしは鎌で命を刈り取るだけで、その後の身体がどう死ぬかには干渉できないもの」
「どういうこと?」
「魂を刈っても、その身体は暫く生き続けるってこと。前もって決められている死に方をするまでの間は、死にきっていないの」
さすがに自殺する人はそうはいかないけれどね、と面倒そうだった。
彼女が帰っていき(どこに行ったかは判らないけれど)、ぼくはその場に寝転んで天井を見上げた。
「魂を抜いた後の命の余韻。それを見たことはあるんだ」
彼女には、言えなかったけれど。
ずっと昔にいなくなった、一人目の友人。
その時は死神ではなく、土地神に喰われていたのだが。
瞼を閉じる。
「ぼくは、既に死んでいるのか。それとも」
単に死にきれていないだけなのか。
よくわからなかった。でも、今は死神の鎌を受け付けない体質になっているのだ、それが単なる現実でしかない。
「何者でもないんだから」
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