1「死神とぼく」

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 アパートは屋上が開放されている。真夜中に昇っていくと、遠くで誰かが何か黒いものと斬り合っているのが見えた。  あれは何だろうと思ってみても、よくは判らない。  どうせぼくには関わりのないことだろうし、無視するべきだろう。  視界の奥、一キロも離れていれば危険と言うこともないし。  仰向けに寝転がってみれば、星空が視界いっぱいに映る。昔から視力だけはよかったものだから、この景色が見えないという周囲の人達には珍しがられている。  頭の方、南に目を向ければアンタレスが光っている。  星は好きだが、それを繋いでカタチに見なす星座の考え方は嫌いだった。こじつけが過ぎるし、それを見つけてしまうと、言い知れない不気味さを覚えていた。 「で、そうしてると風邪引くんじゃないの」 「そう言いながら、同じ場所に来てるリラもどうかと思うけどね」  うぬう、と唸った。というか頭の近くに立たれると、彼女のスカートの中身が見えそうになるんだけど。  まあ、こんな暗闇では見えないが。  彼女もまた、空を見上げている。 「宇宙は広いのか狭いのか、きみはどう思う?」 「ん? 広いんじゃないのか、ぼくらの尺度だと」  人間の技術では宇宙の果てを見ることはできていない。光速を超えて拡がる空間を把握することなどできやしないのだから。 「そうかもね。でも、わたしのような存在からすれば、空間の広さなんて意味が無いんだよね」  精神世界って、意識と認識の繋がりだから。 「……?」  太陽系には無数の星が存在しているけれど、それぞれに特定の管理者が存在しているんだよ。  そう続けた。  だからなんだと思ったけれど。 「そしてそれぞれの星に文明や生命体が存在する。地球の人間には認識できていないけどね」  無数に存在する人々の意識を感じ取って、認識を繋いでまとめ上げる。それが―――、 「わたしの属する管理システム『冥界』の在り方。その組織全体は何も太陽系に限った話でもないのさ」  世界って、狭いんだよ。  いきなりな話に気圧され、返答はできなかった。  しかし、どこかで聞いた話のような気もしていた。  それはどこだっただろうか、思い出せない。 「つまり、ここから見える星々のある場所にも、君は向かえるってことかな」 「担当星系が違うから、普通はやらないけどね」  肯定が返ってきた。  やろうと思えばできる、そういうことだった。 「認識って、命と同義?」 「うん。人間の認識のチャンネルを切り替えて連れて行くだけ。生きている死んでいるじゃなくて、見えているものが違うんだ」  なるほど、と感心した。 「……でも、なんでそんな話をしてくれるんだ? 珍しいね」 「んー。なんとなく知って欲しかっただけ。きみには、話しておく必要があるかなって思ったから」  万が一ってこともあるから、と付け加える。  それをどういうことか問う前に、リラは居なくなっていた。直前に話したように、「認識を切り替えて」見えなくなった、そういうことなのだろう。  ぼくの見ていない彼女のことは解らない。  死神と名乗るその本質が、それでも少しは見えた気がした。
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