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ラジオから流れる化者の騒ぎに辟易しながらも、しかし死神との生活に屈託することは不思議となかった。
彼女はぼくに付きまとうというか取り憑いているような有り様なので、なんだかんだで独り暮らしの孤独感を紛らわせられているのだ。
土曜日の街は雨に濡れている。
昨日の晴天は見る影もなく、どんよりとした雲が気分を濁らせていた。
「まあ、これはどうでもいいんだけど」
いつもより暗い所為か、街の深い部分で化者がうろついている。
対策が追いついていないようにも思えるし、それをどうすることもぼくにはできないけれど、しかしそれを避けていくことくらいは容易だった。
気付けば街のそこかしこに、私服の戦闘員、所謂「忍者」がその殺気を圧し殺しながら歩き回っている。
街の人々は気付いているのかいないのか、素知らぬ顔で歩いている。
誰も焦りもせず、のったりと流れる時間を共有することなく存在している。
これも認識の違いというものだろうか。
不快感を払うように傘をくるりと回すと、周囲の誰かが少しだけ離れた。気にしない。
イヤホンの音声に揺られ。
遠くに見えた稲光に僅かに怯え。
それもまた雨の風情だが、しかし雷に打たれるのは本意ではなかった。
いつも利用している図書館でやり過ごそうかと考えていると、化者とは違う黒い気配がぼくを見ている。
リラの発する鋭さとは違う、粘ついた殺気。
それをなんとなくでも察知できてしまうぼくは、充分に「外れて」いるのだろう。
音声を切ってイヤホンを仕舞う。
足を向ける場所は、小さな路地の奥だった。その突き当りに立ち止まって、追ってくる誰かを待ち受ける。
背を向けるぼくにその誰かが武器を向ける。音から判断するに、革製の鞭。
それが音速で迫ってくるのを、肩を揺らしてすり抜けた。それでも衝撃波が肌を切るのを防ぐことは出来ないけれど、伸び切った鞭を戻しきる瞬間に、ぼくはその相手の懐に潜り込んでいた。
「ひゅ、」
笛のように息を吐いて、至近距離からの正拳を突き込む。無手での戦闘なんてものに思うところはなく、単に手首が痛いだけだった。
「………………っ!」
効いていないのか、相手は小さく息を漏らして後退する。その姿は雪のように白一色の、リラとは真反対な容姿の女性だった。
その女性の無機質な眼がぼくを捉える。その奥の色には、どこかで諦観したような悲しげな揺らぎが見える。
意味は解らないけれど。
空いた間合いを詰めることはせず、左手に隠し持った小さな針を投げつける。昔、化野と名乗る少年に教わった技術だったが、この瞬間まで活きてはこなかった。
相手のアンバーの眼が揺れる。
瞬間、額に光のようなものが弾けていた。
「うわっ……!」
しかし皮膚には傷はなく、当然出血などありもしない。
攻撃を往なされたうえで反撃されたのは理解できたが、それでもぼくが避けられなかった攻撃に対して無傷なのはどういう訳だろう。
「死神……?」
相手は答えない。右腕を振るって鞭を連続で打ちつけてくる。その威力は相当で、地面を擦ったそれがコンクリートを弾けさせるその様に、背筋がざわりと疼いた。
それでも、その攻撃は一度たりともぼくには通らない。身体に当たる寸前ですべてが弾かれてしまうのだ。
衝撃に後退っても、血は出ない。痛みもなく壁に押し込まれる苦しさは不快だけれど。
リラとは別口なのだろうか。しかし彼女がぼくを担当していたのではなかったか。不可解だったが、それを今考えているのはおかしいだろう。
「逃げられないなら」
ぐ、と脚に力を籠める。覚悟などするまでもない。
「突っ込むだけさ」
思い切り地面を踏み切る。同時に飛んできた鞭の攻撃を払いのけ、一気に間合いを詰める。
右手が相手の首に触れ、左手で相手の右手首を掴み。
右足で相手の両脚を同時に払い、大外刈りを仕掛けた。
「な⁉」
地面に叩きつける寸前、相手の姿が見えなくなる。脱出されたのかと感覚すると同時に、勢い余って地面を転げてしまう。
受け身を取って視線を相手のいた方向に向けるが、既に気配はない。
逃げられたか、と立ち上がる瞬間、後頭部に衝撃が走る。
視界に砂嵐が浮かび、薄れていく。
消えゆく意識の奥で、何かが嗤った気がした。
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