1話:序章

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1話:序章

玄冬が季節を織り成す中、世の人々は本年を振り返る者も、その暇も無い ものも、今年の最後の月を精いっぱい過ごすのであった。 この年は御代替わりが行われ新元号の令和が始まった年である。 この年の春人々は新元号を祝っていた。 昭和から平成に御代替わりした時の昭和天皇が崩御されたときとは違い、 平成の世を務められた今上(きんじょう)陛下の父上は、退位され上皇陛下 となられたからである。 その令和元年も終わりを迎えようとしていたころ神奈川県横須賀市の 防衛大学校では人によっては厳しい訓練また人によっては楽しい講義が なされていたのである。      井上胡桃(いのうえくるみ)「おはようー、一花」 園田一花(そのだいちか)「あ、おはようー、胡桃」        防衛大は全寮制であり園田一花(そのだいちか)と     井上胡桃(いのうえくるみ)は防衛大の数少ない     女子生徒で、寮の同室であり同じ3年生のルームメイト同士である。 胡桃「今朝は一緒の講義だね」 一花「そうだね。そういえばもうじき年末だけどどうするの?」 胡桃「もちろん帰省すると思うけど一花は?」 一花「私も帰省するよ。って言っても近くだけどね」 胡桃「どこか行く予定あるの?」    一花「家族で初詣行ったあと、高校時代の友人と福岡から熊本、鹿児島と、    九州縦断旅行だよ。    鹿児島では知覧特攻平和会館に行く予定よ。胡桃はどっかいくの?」 胡桃「私も昔の友人と京都観光と大阪食べ歩き旅行ー。クリスマスは    相変わらず寂しいけどね」     園田一花はやや長髪でくっきりとした二重瞼の美女であり、     井上胡桃は園田一花より若干短めの髪でこれまた活動的な     美女である。 一花「それは私も同じよ、しかたないわよねー、特に私たちの場合は」 胡桃「一花はかわいいんだからさー、今まで休日東京行ってスカウトされたり    したんじゃないのー?」 一花「何言ってるのよー、私はそんなんじゃありませんー。    胡桃こそいい線いってるじゃないのー」 胡桃「ありがと、それにしても1年のときの訓練はきつかったよね」 一花「そうね私も女子では体力も自信ないではなかったけど、    1年のときはそうだったよ。    同じようにしたら男子との違いを見せつけられたよあの時は」     防衛大は入学後も女子は訓練も分け隔てなく男子と同じ課題を     こなさなければならないのである。     それも鍛え抜かれた男子である。    胡桃「一花はまじめだからねえ、私はしばらく慣れたらなんとか甘えた    ふりしてやってこれたけど」   一花「私もよく続いたもんよ、男子でも訓練や上級生との折り合いでどんどん    やめていったもんね」     大日本帝国時代の軍隊は男の世界で、ただでさえ軍人は色々な意味で     娑婆(しゃば)なんかと一緒にするな等と言っていたくらいである。 一花「勉学のほう頑張ることにしてるけど、これもなかなか戦略とか    戦術はどうもね。    法律とか経済とかその辺は社会科学だから普通の大学でもやるし、    そんなに苦手でもないんだけどね」   胡桃「でも一花の戦史は学内でもトップクラスだからね」 一花「胡桃だって法律は相当じゃない」 胡桃「でも法学部行ってたとしても、司法試験は難しいよ」      一花「私だって過去の戦争の歴史はともかく、ここから未来のことまで    わかるわけないもの、役にたつものかどうか」 胡桃「私たちはこれでやっていくんだから自信もっていこー」 一花「そうね、それしかないもんね。まあ服も着替えたし行こ、胡桃」 胡桃「うんそうね。遅れたら大変」 一花「あ、ちょっと寝室に忘れ物、先に行ってて」 胡桃「わかった、じゃ先に行ってるね」 一花「はーい。さてと、どこいったっけかな、無かったら無かったでさっさと    いかないと」           一花は寝室に入って忘れ物を探していた。しかし部屋の     辺りが急に歪んだようになり、平衡感覚を失った。 一花「え、なにこれ目まい?」     どこからともなく声が聞こえる。   声「・・君には教訓を授けよう・・そしてもっと自信をつけることだ・・」      一花「何?何なの?これどういうこと?誰の声?」           声が段々小さくなっていく。一花は朦朧(もうろう)としてきた。     そして意識を失った。 一方同時期   同じく防衛大学校学生寮 渋野忠和(しぶのたたかず)「よう、おはよう、晃司」   岡本晃司(おかもとこうじ)「おうおはようさん、忠和」     岡本晃司と渋野忠和は同じ防衛大4年生のルームメイトである。     性格は結構違うのだが本人たちは気が付いているかどうか、     なかなか気の合う二人である。 忠和「どうだ?任官するのか?」 晃司「うーん、拒否する人間はとうに決めてるからなあ、早く決めんとなあ」 忠和「晃司、お前は得手不得手がはっきりしてるけど、なかなか切れ者    だからなあ任官しないと、もったいないんじゃないのか?」 晃司「各教科にも優秀なやつはなんぼでもおるやろ、お前もその一人や    ないか、忠和。    でもそうやなあ民間企業行くにしてもとっくに就職決めとかんと    だめな時期やしなあ。    大手企業はもう無理やし就職浪人になりそうやしなあ、    うーん防衛かあ」     岡本晃司は中肉中背の好男子であり関西出身ということもあり     同学年や下級生には関西弁を使うのである。     一方の渋野忠和は晃司よりやや長身で細目の同じく好男子である。 忠和「もう就職浪人は決まりそうで、就職浪人しても大手企業は無理だろ?    お前軍隊ならとか言っていたが、自衛隊どころか防大でこれだけ    厳しいんだぜ。    お前持久力使う訓練でへろへろになってたじゃないか」 晃司「瞬発力使う運動やったら自信あるぞ、けど持久力はあれはもういやや。    瞬発力の白金と持久力の赤筋の比率やったかこれは遺伝的に    決まってるやろ。    まあそれよりせっかくやったら大手企業いかな専門職ないもんな。    文転して新聞社に就職してジャーナリストってのもおもしろそうやな」     岡本晃司は物心つく前から軍人志望であり、そのころ何故日本には     軍隊が無いのだろう、あれば軍人になりたかったのにと思って     いたが幼くして祖国の過去の敗戦を知りその理由の本質を知らずに     一旦納得していたのである。     その後、ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム     (戦争についての罪悪感を日本人の心に植え付けるための宣伝計画)     をはじめとする、GHQ連合国軍最高司令官総司令部のあらゆる     日本が二度とアメリカに逆らえないようにする戦後の日本占領政策     を知り少年の内にほぼ正しくその理由を知ったのである。     軍隊に入り、実は更に残されたアジアの解放をしたいという思いが     あったのであるが、それは現在の国際法上厳密には問題がある     ことと、国防には今一興味を持ち切れずにいたことで煮え切らずに     いたのである。 忠和「仕事だぜ、そんな興味あるなし言ってる場合でもないだろ、これだけの    ことをしてきたんだ、任官するのが一番得策だぜ。    俺に言わせるとこれで民間流れるなんて大損だ。    ありえないけどなあ」 晃司「まあ任官して佐官までがんばって出世して、防大の教官目指すってのも    ありやな」 忠和「やる気があるならがんばってみろよ、俺がお前の立場ならとことん    頑張ってそれなりに知略をめぐらす地位に就こうとするけどな」 晃司「まあえっか、もう時期連休やな、年またぐけどゆっくり考えてみよ」 忠和「そういやもうしばらくしたら連休だな、連休は帰省するだろ?」 晃司「もちろん」 忠和「色々考えないとだめだろうけど、どこか出かける予定あるのか?」 晃司「そうやな泊りがけとかの予定はないけど、実家帰って古い友人と日帰り    くらいで出かけるかな。    大学校最後の連休やし遠出してみたいが、個人的には東京はもうよう    行ったしな。    どっか行くにしても、元旦くらいは実家で年超すかな。    爺さんの将棋の相手もせなあかんしな。    お前はどっかでかける予定とかあるんか?帰省して」 忠和「帰省って言っても近くだからな、俺も泊りがけの予定とかはないぞ。    そうだな、お前とおなじく旧友と出かけるくらいかな。    で、お前の爺さんネット出来ないのか?出来るのならネットでやれば    いいのにな」 晃司「お前も予定なしか。爺さんな、ネットは出来るようになったんやけど、    画面とか操作がどうとかでネットでは将棋は指さんらしいわ」 忠和「そうなのか?まあそれにしても大学生活ももうわずかだな。    この寮ともお別れかと思うとなんだかなごりおしい気分だよな」     ほとんどの防衛大性が、卒業した後二度とこんなところに来るかと     思うものなのだが、この二人も例外ではない。     特に晃司の場合は。 晃司「ほんまやな、でもまあしかし4年で卒業できるんやったら御の字やで、    まだ気いつけんとあかんけどな」 忠和「ほんとお前の場合むらがあるから及第点ぎりぎりってのもあったな。    もうちょっとしっかりやればもっと安全にこれたのによくやるよ」 晃司「そこそこやったよ、結構な回数及第点ぎりぎりなんか狙ってやれる    もんでもないやろ。    なんとかすれすれって結構な回数安心できたで」 忠和「その分不安も多かっただろうが、なんだかしらないけどこっちまで    ひやひやして損した気分だぜ」 晃司「そらどうもご苦労さんでした、あと残り少ない寮生活もそれで    よろしゅうお願いしますわ」 忠和「頼むぞほんとにお前、じゃあ俺着替え終わったし先行ってるぞ」 晃司「おう。さて着替え終了、ああ帽子や、あれどこやったかな寝室かな、    うーんとあった、こんなとこおいたっけな、まえっか行こっと」       晃司は寝室を出ようとしたとき急に辺りが歪みだした風に     なりちゃんと立っていないような感じに襲われた。     晃司「あれなんや目がくらむ、なんやこれ」     どこからか声が聞こえたようだった。 晃司「なんや、誰か呼んだんか?」 声「・・君には試練を与えよう・・そして使命を果たすことだ・・」   晃司「誰なんや?使命?どういうことや?」     声がどんどん小さくなっていく。 晃司「あかん意識が」     そして晃司は気を失った。
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