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「す、すみません」
ぶつかった衝撃で体はよろけただけだったが、持っていた紙袋からはティッシュが溢れ出す。慌ててしゃがんで、ティッシュをかき集めていると、自分と同じようにしゃがみこんで、落ちているティッシュを拾おうとしてくれている人がいた。おそらく、この人に自分はぶつかってしまったのだろう。目の前のその人は、自分よりも大人びた男性で何より……
――かっこいい。
黒のソフトジャケットにデニム、そして首元には深いボールドカラーのショールをかけた、まるでモデルのような体型の人で、背中を折り曲げながら散らばったティッシュを一緒に拾ってくれている。その整った容姿に星野は見とれた。
「はい、どうぞ」
気づけば落ちたティッシュは目の前の男性にすべて拾い上げられ、星野の目の前にその塊が差し出されていた。その手は骨ばっていて、大きくて、とても男らしい手だった。
「かっこ、いい」
「え?」
「あ、いえ!」
思わず口に出していたので慌てて片手で自分の口を塞ぐ。
「拾ってくださって、ありがとうございます」
顔も見ることなくそれを受け取り、紙袋に詰める。
「大学生向けのパソコンスクール?」
「あ、はい」
この人みたいな人が講師ならきっと人気が出るだろうと思う。自慢ではないが、自分の顔面を棚に上げれば冷静に品定めができるくらいには今まで数々の整った顔を見てきている。だから自分にはわかる。この人の外見は、かなりの上位ランクだ。
「これ、ひとつもらっていい?」
「あ、はい。どうぞ」
紙袋から取り出したティッシュを渡す。年齢的には自分と同じか、それよりも上くらいに見えるので、また大学生じゃない人に渡すことになるが、お礼代わりにちょうどいいか。
「このスクールはどこなの?」
「えっと、このビルの2Fです」
星野は『パソコンスクールエスペシャリー』と看板が掲げてある後ろのテナントビルを指差す。
「おーい! 世界ちゃーん!」
名前を呼ばれて振り向くと、すっかり空になった紙袋を振り回しながら一条が近づいてきていた。
「えらく、イケメンを捕まえてるじゃない」
「あ、いや、この人は」
一条の目が光る。初対面の人と会うと一条はまず、自分より上か下かを、瞬間に値踏みするのはいつものことだ。
「銀河ぁー?」
すると遠くから女性の声がして、振り返るとスタイルのいい、モデルのような女性が腕組みをしてこちらを見つめていた。
「すみません、連れを待たせていて」
「あ、こちらこそ、引き止めてすみません」
「それでは」
軽く会釈した男性は、呼ばれた女性のもとに駆け寄っていき、二人は肩を並べて歩いていった。
「ほー。美男美女っていうやつだな」
「なんていうか……絵になるね」
男性が女性をエスコートしながら歩く姿も様になっている。あんな風に生まれるためには、自分は何回、転生を繰り返せばいいのだろうか。
「それより、世界ちゃん、めっちゃ残ってるじゃん! ほら、残りよこせよ」
「うう、ごめん」
一条は、星野の紙袋に手を突っ込み、残りのティッシュのほとんどを自分の紙袋に詰めて、再び声をかけはじめる。当然、星野が手渡すよりも数倍のスピードで一条のティッシュはなくなっていく。
――それにしてもかっこいい人だったな。
銀河と呼ばれたそれは名前なのだろうか。自分は"世界"だなんて孫の代までかかっても勝てそうにない名前をつけられているけれど"銀河"という名前は彼にはふさわしい気がした。
外見が整っているだけじゃなく、少し言葉を交わしただけで伝わった宇宙のような包容力。女性がほっておくはずがない。
「よっし、終わり! ほら、帰ろうぜ。寒い寒い!」
「もうなくなったの!? ありがとう!」
一条も自分とペアにならなければさっさと配り終えて早く会社に戻れて、そんな寒い思いをせずに済んだかもしれないと思う。自分のせいで、大変申し訳ないとしか言えない。
でも、もし自分がさきほどの男性のような容姿に生まれていたら、今ほど他人に迷惑をかけることなく、もっと自信を持って人生を謳歌できているのではないかと思う。やはり外見は重要だ。容姿が良ければどこでも優遇される。
きっと世界も優しくするなら外見のいいほうにきまっている。明らかに外見偏差値最下層の自分は、そう思って諦めるしかないのだ。
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