第1章:未知のイケメンとの出会い

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第1章:未知のイケメンとの出会い

『世界で一番幸せになってほしい』  我が子に"世界"と名付けた両親の願いもむなしく、今年二十八歳になる星野世界(ほしのせかい)の人生は名前に負けっぱなしだった。  年が明け、仕事が始まったばかりの街は、お正月気分を払拭しようとしているのか、どこか慌ただしい。都会の人は、いつどこで習得したのだろうと思うくらいに差し出されるDMやキャッチセールスの類を鮮やかに避けて歩く。自信なさげに差し出した自分のティッシュも、宙に置き去りにされたまま、人々は談笑しながらすり抜けてゆく。  星野は『大学生向け、パソコンスクールエスペシャリー生徒募集』と書かれたティッシュが、腕に下げた紙袋の中で大量に残っているのを見て溜息をついた。  自分が勤務するパソコンスクールでは、講師が出勤前に私服で生徒募集のDMが差し込まれたティッシュを配って宣伝活動を行う仕事がある。これは講師として働き続けて五年になる星野も入社間もない新人も勤続年数の長さとは関係なくやらされ、星野はこの当番がまわってくる事がとにかく憂鬱だった。この仕事こそ、自分がつくづく全世界に見放されていると実感してしまうからだ。  そもそも自分の不幸は生まれたときからだった。誕生日は、十三日の金曜日の仏滅だったところから始まり、幼稚園の遠足で訪れた動物園でライオンにおしっこをひっかけられ、小学校の修学旅行では奈良公園で、普段おとなしいと言われている鹿に蹴られて病院に行く羽目になり、中学校の卒業式では自分が卒業証書を授与される瞬間、会場に犬が乱入した。多感な時期に、どうして自分だけが、と思わされる事柄はさらに続く。  自分は、何をしてもどうせうまくいかないという諦めモードの、後ろ向きな性格が災いし、自分が話しかけたら相手も不幸になるのではないかと、誰とも接点を持つことなく友達のいない高校生活を過ごし、どんな人間も華やかな生活を送ることができるはずの大学ライフも、C言語研究というゼミを選択してしまったがゆえに、毎日プログラミングに追われ人生最後の学生生活も謳歌することなく終わってしまう。  奇跡的に就職した会社はソフトウェア会社で一年目に経営破綻を理由に倒産し、今のパソコンスクールに就職したのも束の間、今度は経営者が変わって、経営方針が全く変わった。  今まで自分が幸せだとか、恵まれているだとか、思ったことなんて一度もない。きっと、自分程度の人間が"世界"なんて名前であるばっかりに、世界は僕に優しくないのだ。 「そこのお嬢さん、おひとつどーぞ!」  星野よりも少し先で、元気よくハキハキと同じティッシュを配っている男は、今日、星野とペアを組んでいる後輩の一条だ。 「えー、パソコンスクール?」 「そうそう。ね、俺にパソコン教わりたくなーい?」  一条が差し出したティッシュは高確率で受け取ってもらえる上、本来の目的であるスクールの説明もできている。  そもそも一条と自分は、その顔面偏差値を始めとする、外見を構成しているすべての作りが違う。同じ哺乳類ヒト科のオスでありながら、一条は整った顔立ちに高身長で、くわえて性格も明るい。そうなれば、当然、女性の目を引かないはずがない。そんな男にさわやかな笑顔でティッシュを差し出されたら、若い女性ならばなおさら、抵抗なく手に取るだろう。  それに比べて自分は身長もそれほど高くなく、中学時代から変化しない平凡な顔は、これといった特徴もない。あげく度重なる不幸によって染み付いたネガティブ思想は、自分の脳内に頑固にこびりついて剥がれ落ちそうにない。そんな自分が差し出したティッシュなんて誰が手に取ってくれようか。 「よろしくお願いします」  それでも、手持ちのティッシュがなくならなければ、帰れない。引き続き、顏を伏せたまま、蚊の鳴くような小さな声でティッシュを差し出すが、積極的に受け取ろうとしてくれるのは、主婦や年配の女性ばかりだ。ノルマである百個を配ればいいとはいえ、いくらなんでも対象である大学生にひとつも渡してないのはどうだろうか。  街の雑踏を見ていると、誰しも堂々と前を向いて歩いている。きっと自分に自信があるのだろう。少なくとも、自分ほど卑屈な人生を歩んではいないはずだ。 ――せめて一つくらいは大学生に渡したいな。  若い世代の人で、なおかつティッシュを受け取ってくれそうな人を探して、ふらふら歩きながら周囲を見渡していると、どしんと、何かに体をぶつけてしまった。
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