リコリスガール|音楽を聴く

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リコリスガール|音楽を聴く

 職場への行き帰り、音楽を聴きながら歩く。Air Podsで耳をふさぐと、少しほっとする。わたしは、全然働きたくないので、いつも何をしているんだろう、とぽかんとしてしまう。働きたくないなあ、とつぶやくと、わたしの影が、いいから、と言ってわたしに先立って歩いてゆく。逆光になればいいのに、と意地悪な気持ちが持ち上がるけれど、直射日光を浴び続けるのも(色白でいたい)わたしにはストレスになるので、おおげさにため息をついて、仕方なく影の後ろをついてゆく。  音楽がなかったら、きっと毎日、あきらめて帰っているよなあ、と思う。わたしの影、リコリスは音楽に身を預けて、踊りながらわたしをリードする。  リコリスには、どんな風に音楽が聴こえているの?  わたしの影は、立ち止まり、わたしの方を向く。 「いっしょじゃない? たぶん。わたし、歌えるし」  そうか、音楽の影は、音楽そのものなんだ。わたしは好奇心から、歌ってみてと影をうながす。  影は息継ぎもせず、すんなりと伸びやかに歌う。 「眩しいぼくらのことがみんな怖いんだ」  Air Podsから流れる声とハモる。うまいじゃん!  まあね、と照れるわたしの影。くるくると回り、歌い続ける。  わたし、わたしの影ほど上手には歌えないなあ。歌える自分だったらよかったけれど、でもまあ、好みの音楽を持てる自分でよかったな、とは思う。  しばらくライブ会場に足を運んでいない。ああ、影の世界に音楽があるのだったら、影になりきり集まることはできないのかしら。そうしたら、もう影の国に旅立った人たちの音楽も聞くことができるんじゃないかしら。 「影は影だよ。死んでいるわけじゃない」  ごめん。わたしは、うっかり心に浮かべてしまったことを後悔する。 「死ぬまで、わたしはあなたといっしょにいる。死んでからのことはわからない。でも、死んで自由になるのなら、たぶん、この世界は影で溢れかえっているよ」  じゃあ、幽霊はいないのかなあ。 「幽霊はいるよ」  いるの!?  影は歌いながら走り出す。わたしはその勢いに引かれて、少し小走りになる。影も幽霊になるの? とは聞かなかった。この言葉も心に浮かんだろうか。影は聞こえないふりをして踊っている。  わたしが幽霊になったら、影はできにくくなるだろう。きっと光は透き通ってしまう。でも、わたし、透き通った幽霊になれるだろうか。案外、透明になることができずに、この世をさまよったりするんじゃないだろうか。透明な幽霊になりきれずに、歩いている人がたくさんいるんじゃないだろうか。  ふっと、わたしの足を犬がすり抜けていった。  でも。  わたしは思う。死んで音楽になったらいいのかもしれないね。だって、それなら影の世界にも響くから。影といっしょにいることができるから。 「おはよう」  現実の声にびくりと肩を震わせ、それを悟られないように、つとめて明るく返事をする。 「おはよう」  もう、わたしの体は職場に着いていた。Air Podsをはずす。影は(たぶん)しかつめらしい顔をして、わたしの足元に収まっている。  さあ、仕事の時間だ。頭を空っぽにして働くことにする。  今日はどんな音楽を脳内でリピートさせようか。  ふっと、影の歌声が聞こえる。足元の影が、素知らぬふうを装って、心地よく歌っている。  わたしの耳にだけ届く、わたしの影の音楽。みんなも影に歌ってもらえばいいのに、と思う。  しばらくすると、仕事の波に呑まれて、そんな声は消えてしまうのだけれど、足音がちょっとリズムを刻んだりすると、影は嬉しそうに飛び跳ねるんだ。  リコリスガール:0002 音楽を聴く <了> 赤い公園を聴きながら書きました。引用している歌詞は、『消えないEP』のYo-Hoから。今でも、なぜ、と思うけれど、うん、わたしは聴き続けるよ。
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