月恋歌

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月恋歌

 見上げた空には、ぽつんと月がひとつ。  春、麗かな日差しに包まれて命が芽吹き、様々なものが目を覚ます季節においても、今のこの時間はとても静かだった。  電灯の消えた町で月を見上げて、ふと思う。この月に、いつかわたしの手は届くのだろうか。  いつもなら、きっとそんなことは思わない。きっと手近な光を求めてネオン街をふらついて、そこで出会う熱に溺れることで自分を満たすだけで終わる、そんな夜。  けど、今夜はとても暗くて、とても静か。遠くでどこかへ走っているらしいバイクの音さえなければ、ひょっとしたらわたしの鼓動以外何も聞こえないかもしれない、真っ暗な町。月は、わたしたちがどうなったとしても我関せずとでも言うみたいにこの世界を蒼白く染め上げるに違いない。  その不変で孤独な在り方に、きっと人類(わたしたち)は永遠の片想いを続けていくのだと思った。  静かで、真っ暗で、この先に救いなんてわからない、わたしたち。  それでも月明かりがある限りは、この光を頼りに歩いてみてもいいのかも知れない――覚束ない足取りで、わたしは這いつくばるように、歩き始めた。
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