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「……どちらかと言えば……?」
叶芽の言い方に、男は首を捻った。
「わ……私のご先祖様は代々、上杉家を主君とする家に仕えてきました。
私はこの場にたまたま居合わせてしまっただけですが、
上杉の人とは少なからずご縁がある人間だと思っています!
だ……だから……」
だから殺さないで……!!
叶芽は、男の腰にある刀をちらちらと見ながら、祈るようにして男の言葉を待った。
すると男は、脂汗をかいて目を泳がせる叶芽に、小さく微笑んでみせた。
「……君がどちら側の人間だとしても構わない。
武器を持たず丸腰の民間人に刀を向けるような真似は武士として恥じる行為だからね。
でもまあ——上杉側の者であるならば、尚のこと助けた甲斐があったかな」
「?ええと、あなたは私を助けてくれた……のですか?」
叶芽が問うと、男は
「助けたという程でもないけれど」
と言いつつ頷いてみせた。
「上杉軍がこの城を取り囲み、攻め入ったのが数刻前。
今も城内のあちらこちらで激しい戦いを続けている。
君が城の中庭に倒れているのを見かけたから、とりあえず人目につかなさそうな個室まで運んできたところだよ」
「それ、ものすごく助けて頂いてますよね?!」
「ともかく君が目を覚まして何よりだ」
私、お城の中庭で倒れていたんだ。
確かに、部屋の外が騒がしい。
目覚めた時、目の前に人の顔があったからびっくりしてしまったけれど
ここは城内の一室で、戸一枚隔てた先で戦いが繰り広げられているなんて。
にわかには信じがたいけれど、どうせ一度捨てた命。
疑うことも恐れることも、今さらしたところでどうしようもない。
ここが現実の世界であることを一度受け止めて、
その上で目の前に実在しているこの人の言うことを信じてみよう。
「ありがとうございます……!
直前までの記憶が無くて申し訳ないのですが、あなたは命の恩人なのですね。
何かお礼ができればいいのですが……」
叶芽が男に頭を下げると、男は苦笑しながら言った。
「そんな、見返りを求めて助けた訳じゃないよ。
単に安全そうな場所に運んだだけだからね」
「でも……!助けてもらったまま何もできないのは忍びないです」
「……もし君が、本気でお礼をと考えてくれているのであれば——
それじゃ、ひとつ頼みを聞いてもらえるかな」
「はい!私にできることであれば」
叶芽が意気込んで言うと、男は穏やかな笑みを浮かべたままこう口にした。
「俺の首をここで刎ねてくれないかな」
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