79人が本棚に入れています
本棚に追加
「は……?」
叶芽は男の言う意味がわからず硬直した。
何を言っているの……?
お礼がわりに、この人の首を刎ねるって……?
「すみません……聞き違いでなければ、『首を刎ねてくれないか』と……」
「うん。介錯人がいてくれたら、一人で腹を切るより楽に逝けるからね」
「!!ま、待ってください!せっ……切腹しようとしてるんですか?!」
叶芽が取り乱すと、男は困ったように笑みを見せた。
「記憶喪失だと言う君にこんな話をしても困らせるだけかもしれないけれど、
正直、上杉軍は今窮地に立たされている。
籠城戦に持ち込んで敵を消耗させるよう、主君から指示を受けてこの戦の指揮を任されていたのに
俺が気を揉んで早期に攻め込むことを決めたせいで
仲間たちが次々と返り討ちに遭ってしまっているんだ。
だから——俺はこの失敗の責任を負わなければならない」
この人は、上杉軍側の指揮を任されている人なのか。
ということは立場としてかなり上の人なんじゃ?
見た目は20代くらいの青年に見えるけれど、
その若さでそこまで責任の重い役目を任されるなんて……
叶芽は思わず男に同情してしまった。
「……考え直しませんか……?」
気付くと、叶芽はそう声に出していた。
「あなたのように、若くて真面目そうで、責任感の強い方が
たった一度の失敗で命を捨ててしまうなんてもったいなさすぎます。
……私のように……失うものが何一つない人間と違って……」
「え?」
最後の言葉は呟くように口にしたため、男は聞き返そうと耳をそば立てた。
だが叶芽は言い直すことなく、こう続けた。
「きっとあなたは、周りから求められる立場の人ですよね。
あなたがここで切腹したら、まだ外で戦っている人たちはどうなってしまうんでしょう?
あなたが死んだことを知って悲しんだり、士気に関わるんじゃないでしょうか」
「俺が生きて城を出るのは、俺の早計のせいで死なせてしまった家臣達に示しがつかない。
それに俺の死を以って戦況を動かせるかもしれない道が残っているんだ」
「どういうことですか……?」
「俺が腹を切って、この首を新発田重家に差し出すことと引き換えに
今生き残っている兵だけでも助命してくれないかと訴え出れば——あるいはと……」
最初のコメントを投稿しよう!