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1章 入学式は大騒動!
すー、はー。
深呼吸するわたしの胸の動きに合わせて、制服のリボンが上下した。
首元できちっと結んだ赤と紺のチェックのリボンは、スカートとおそろいの柄。茶色いブレザーの襟にも、同じ色合いのラインが入っている。
明坂中学校の制服はオシャレだって評判だ。
わたし、水森湖子は今日からこの制服を着る。そう、中学生になったのだ。
ちょうど今入学式が始まろうとしているところで、わたしたち新入生は体育館の前で男女一列ずつになって、入場の時間を待っている。
緊張するなあ。
春休みのうちに制服のかわいい着方を研究したし、短かった髪も耳が隠れるくらいまでは伸びた。文房具も新しいものをそろえたし、勉強も……ちょっとだけ予習した。
準備万端、って思うけど、やっぱりソワソワしてしまう。
だっていろんな小学校から生徒が集まってるから、みんながみんな知り合いじゃないし、うちのクラスには、残念ながらわたしの仲のいい子がひとりもいなかった。
友だちできるかな。
それに、わたしが「ときどきすっごく寒がり屋」なこと、笑われたりしないかな……。
やっぱり、楽しみより不安の方がちょっと勝ってしまう。
「大丈夫?」
つい下を向いていたら、後ろに並んでいた女の子が声をかけてくれた。ボブヘアの、目の大きい子だ。心配そうにわたしを見てる。
わたしは背筋を伸ばして、うんうんうなずいた。
「あ、ありがとう。大丈夫だよ。ちょっと緊張してて」
「――緊張してんの?」
今度はとなりの列の男子が話しかけてきた。ゴーグルみたいにふちの厚いメガネをかけた、活発そうな男の子だ。目尻のキュッと持ち上がった目でわたしを見て、
「入学式なんて椅子に座って話聞いてるだけじゃん。楽勝楽勝」
って、真夏の太陽みたいにからりと笑った。
「いや、そういう緊張感じゃないんだけど……」
「お、音楽なり始めた。いよいよだな!」
わたしの反論なんか聞いていないみたいだ。男の子は楽しそうに前を向いた。
マイペースだな。いいな。うらやましい。
でも彼のおかげで少しリラックスできた。とりあえず、右手と右足が一緒に出ちゃうようなかっこ悪い入学式にはならなそう。
――って、思ったのに!
「新入生、入場」
体育館の方からアナウンスが聞こえて、担任の大古場由紀乃先生が「さあ行きますよ。男子のあとに女子が続いてくださいね」と声をかけた次の瞬間、最悪の事態が起こってしまった。
背中に氷を落としたみたいに、ゾクッとしたんだ。
驚いて、一瞬かたまってしまった。
その間にもジワジワと寒さを感じて、わたしは二の腕を抱きしめる。
ありえない。
校庭の桜は満開だし、花壇には菜の花がこんもりと咲いている。
空は快晴で風もあたたかくて、これ以上ないくらい気持ちのいい春の日なのに、わたし、今、全身に鳥肌が立ってる。
みんなは平気そうだ。
いつもそう。
急に寒くなるときは、いつもわたしだけ。
あー、もー、なんでこんなときにかぎって!
わたしが困惑している間にも、大古場先生が男子の列を引っぱるように歩きだす。
わたしの手は凍りそうなほど冷たくなり始めていたけど、もうどうしようもない。
さっきの男子も言ってたよね。入学式なんて座って話を聞いてるだけ。長くてもせいぜい一時間くらいだと思う。ここは耐えるしかない!
わたしは覚悟を決めて、少しでも寒さを忘れるべく、吹奏楽の演奏に合わせて大きく腕を振って行進するのだった。
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