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突然、入学式にそぐわない声がひびきわたった。
誰かがが吐いたか、吐きそうになったのか。分からないけど、すごい声だ。しかも、女の子の声。
もちろん体育館内はさっきとは比べものにならないくらいざわめいた。みんないっせいに周りを見回して、声の主を探し始める。
たぶん新入生席の、三組か四組の方から聞こえたと思う。みんなもそっちを見ているけど、三組も四組も全員着席してるから、状況がよく分からない。
誰も席を立ったりしてないから、本当に吐いちゃったわけじゃないみたいだ。緊張しすぎたのかな。
「えー、大丈夫ですか?」
ステージの上で名前を読みあげていた校長先生が、式を中断して全体に声をかけた。
校長先生は細身で背が高くて、灰色の髪をしたやさしそうな人だ。
おだやかに呼びかける声はとても心配そうに聞こえたけど、マイクでめいっぱい拡大された声に返事なんかできないよね。
さっき吐きそうになった子は、沈黙している。
体育館は騒然としていたけど、校長先生は落ち着いて全体を見回した。
「体調が悪い人は遠慮せずに近くの先生に言ってください」
すかさず、前の方で手があがった。
「すいません! ここにひとりいます!」
はっきりとした声で叫んだのは、うちのクラスの男子だった。
なんと、さっきわたしに声をかけてきた、ゴーグルメガネの子。
身を乗り出して、前の席に座っている男の子の背中をさすっているのが分かる。
たちまち、二組のメンバーが浮足立った。今まで外から眺めていた事件に、急にとりこまれたんだから当然だ。大古場先生が飛んできて、「どうしたの」と二人のそばでかがむのを、わたしもみんなも前のめりぎみに見ている。
「こいつ気分が悪いんです。外に行かせてください」
ゴーグルメガネくんが訴えた。「まあ大変」と先生が肩を跳ねあげて、具合の悪い子の背中に手を添えた。
「保健室に行きましょうか。立てる?」
「はい……」
二人が立ち上がってゆっくりと席を離れる間、ゴーグルメガネくんが椅子から軽く腰を浮かしてその場できょろきょろし始めた。
たちまち、周りから「うわ、イケメン」、「やば」と、女子のひそかな悲鳴があがる。
そのときゴーグルメガネくんはなぜかゴーグルメガネをはずしていて、確かにきりっとしてかっこよく見えたのだ。
わたしは一瞬寒さを忘れて、彼のことを見つめた。
あんなに真剣な目をして、何を探してるんだろう――。
「――あ」
「――え?」
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