1 鉄道カーブ

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1 鉄道カーブ

「チョット見て、これ! 素晴らしいよ。キタコレ! 綺麗な鉄道カーブ。右に目測R200。入口はR250くらいかな。ここまで急なカーブは今は無いからね本当に貴重だよ。 よ~し、早速、走らせちゃうよ!!」 車が行き交う地方の、県道の狭い路側帯で、僕に興奮気味に早口で話す黒髪ロングの女性。時折、やって来る10tトラックが巻き起こす風圧とともに長い髪を風にそよがせながら、はっきりと主張する大きく切れ長の目から目線を僕に送り、薄い唇を随分と横に広げ得意満面、良い笑顔だ。黒縁の丸っこいボスリントン眼鏡をかけて可愛いを演出しているのだが…… 「いいね! まずは、ここから写真撮ろ」 折りたたみ自転車にまたがり、長めのショートパンツから下ろしたひざ下のブーツを地面につけて、後ろに控える僕に振り返り、満面の笑みをたたえるのは、同じ大学3回生の廃線同好会、略して廃会会長 杉坂美咲さんだ。僕は美咲殿と呼んでいる。いいや、呼べと言われた。元は同士杉坂、同士三塚と呼び合っていたが、これでは、いずれ社会革命を起こしそうなので辞めた経緯がある。 廃線同好会、数多(あまた)あるうちの同好会でも異彩を放つこの同好会、異彩を放ちすぎて会長と僕の二人所帯、ツーマンセル、バディ、ペア、カップル。もう何でもいい、とにかく零細同好会だ。 そもそも、何をする同好会か? 廃線をひた歩く。廃線跡をひた歩く。 そして、その当時の生活に思いを馳せる。……追体験する。 それだけだ。いや、言い直そう、そういう事だ。 危なく自分たちの存在価値を“だけだ”などと言う、残念至極な表現で断じてしまいそうになった。 駅から離れた山あいの場所に今は誰も営んでいない商店が、商店街がある。山あいに人家が急に密集して建っている。 現在の時間を生きる僕にはその光景が奇異に映る。 何故?  連続性がない。何故そこに人が大勢生活を営んでいるのか、理解に苦しむ。 でも、それは、現在という時間の断片でしか物を見ていないからに他ならない。 そこには、そうなった理由があるのだから。 現在の時間に、その理由を検証する一旦として、廃線は存在する。 廃線は、その当時の生活を現在に示すきっかけなのだ。 その廃線、廃線跡から時間を遡る事で奇異に映る景色に俄然性を帯びてきて、僕はそれを見て納得する、そうか、ここには鉱山が有ったのかと、炭鉱が有ったのかと。 そして、現在の時の流れから見れば、まるで置き去りにされてしまったかのように見える街並は、そこにある理由を僕に示してくれる。 まあ、こんな話しても、理解してくれる友人等いなかったけど……とても、ニッチな、うっすい隙間の趣味で、共感指数は限りなくゼロだった。以前はゼロだったが、美咲殿との出会いで“限りなく”が付いた。 会長の美咲殿はR200萌えだ。詳しく悦明するとあれなので、半径200mのカーブをこよなく愛する非常に判り辛いところに敏感な悶えポイントをお持ちなアレな方だ。 少しばかり解説すると、列車だったり貨車だったりは長い直方体の両端に台車なる鉄の車輪ユニットの上に乗っかっているのだが、この直方体の長さのおかげで急旋回、極端な話、Uターンの様なものは出来ない、おのずと曲率半径、カーブの半径Rの制約が生まれるのだ。そして、鉄道はそのカーブが凡そ決まっている。それを鉄道カーブと十把ひとからげで言うのだが、その中でも美咲殿は曲率半径200m(半径200mの円)のカーブをこよなく愛する傍から見ると、とても理解できない可哀そうなお人なのだ。 そして、現代の鉄道ではR200はかなりの急カーブの類で、昔の廃線跡にでも行かない限りお目にかかる事は無い。そう言った意味でも、R200萌えの会長は昔の鉄道、今は廃線との親和性が非常におありだ。 実際に、現場に立つと、どんな感じかと言えば、片側一車線10mくらいの道路の左の端にいるのだが、道路右側が、道路直ぐにまで法面がそびえたつ小さな崖で、R200の右カーブの入り口から見ると、大体、前方100mくらいで完全に道路が曲がって見えなくなる。そんなイメージになる。
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