刑事ミヤラク

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刑事ミヤラク

刑事、宮蔵武志のあだ名は、ミヤラク。警官の頃はミヤクラと呼ばれていたのに、刑事になった途端の先輩の一言がきっかけでミヤラクと呼ばれるようになった。 「おめえの名前は縁起が悪い。事件のお蔵入りと迷宮入りを連想させる。事件が迷宮入りしねえように、今日からミヤラクだ」 先輩のその一言で、あだ名はミヤラクになった。ミヤラクは今年で45歳。刑事として後輩を指導する立場になっていた。新しく県警捜査一課に配属された、27歳の木曽有子とコンビを組むことになった。 宮倉武志にミヤラクとあだ名をつけた、ベテラン刑事の鈴木保は、木曽有子の名前を知った瞬間大笑いをした。 「キソユウコか、縁起の良い名前だな。ホシを起訴に持ち込んで有罪に出来そうだ」 そう言うと、木曽有子の肩をポンと叩いた。木曽有子も宮倉武志と同じように、交番勤務からのしあがったキレ者だ。しかし、宮倉は、女と組んで仕事が出来るかよと、木曽有子を煙たがっていた。 木曽も、宮倉のそっけない態度で、自分は歓迎されていないと感じ取っていたようだ。木曽は、捜査一課の誰よりもマメに働き、刑事達の信頼を勝ち取っていった。紅一点の女刑事は、職場の華ではなく、優秀な若手刑事として一目置かれるようになった。 ベテランの鈴木保と宮倉が飲みに行ったときに、鈴木が木曽について宮倉に聞く。 「どうだ、あの縁起の良い名前の相棒は?」 宮倉は生ビールを一口飲むと、 「まあまあですが、木曽には一つだけ足りないものがあります」 鈴木は冷酒をちびりと飲むと興味深そうに聞く。 「ほう、何が足りない?」 「先入観を捨てることです。若手の刑事にはありがちな事ですから、場数を踏めば変わると思いますけどね」 「おめえが木曽にやけに冷たいから、大丈夫なのか心配して飲みに誘ってやったが、結局アイツが有望だって認めてるのか。先入観を捨てる、それにはデカとして経験を積むしかない。他に粗が見つからないもんだから、苦しいな」 「木曽の弱点はまだあります。あれは刑事になぞならなかったら、お人好し過ぎて、人にすぐ騙されるタイプ。人を疑う事に慣れてないし、向いてないですよ」 「手厳しいな。木曽が刑事になった理由を知ってるか?」 「いえ。女の身の上話ほど面倒臭いものはないので」 「そんなんだからカミさんに逃げられるんだよ、ミヤラクは」 「関係ないと思いますが?」 「悪い悪い、話が逸れた。11年前の河川敷でのホームレスリンチ事件。木曽はあの事件がきっかけで、刑事になりたいと思ったんだとよ。当時高校生だった木曽は、社会の一番弱い所にいる人間を狙った犯罪に憤りを感じた」 「正義感だけでデカになろうとするとは、やはりあいつは単細胞ですね。あの事件の犯人は捕まっていない。近隣の不良が多いY高校の生徒が疑われましたが、目撃証言もない」 「そのY高校と5キロしか離れてないところに、木曽の出身高校の進学校、A高校がある。A高の生徒はY高の生徒に絡まれたりして大変だったらしい」 「ああ、あの地域はよく高校生のトラブルがありますね」 「社会の縮図みたいな地域だからな。トップエリート候補と社会の落伍者候補が両方いる」 酒が進んでいくうちに、木曽有子や河川敷のホームレスリンチ事件の話は終わり、どうでもいい話題へと変わっていった。
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