契約 01

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有働が入社してきたのは、近澤がサブリーダーに昇格した4年目のことだ。 当時、彼女は極めて異例な存在だった。 社員のほとんどが20代で独身のなか、有働は30代後半で、それも、小学生と未就学児の子どもをもつ身だったからだ。 なんでも、前職では飲料メーカーでマーケティング関連の仕事をしていたらしい。 育児休暇を経て復帰した後も、しばらくはそのまま仕事を続けていたそうだが、本人曰く「不当な扱いを受けて辞めた」とのことだ。 現場が、そんな彼女をどう扱っていいか困っていたのは明白だった。 ベンチャー色の強い若い会社だから、時短勤務はまだ特殊な雇用形態であったし、保育園に上がったばかりだという下の子供は頻繁に熱を出して、彼女自身も欠勤しがちだった。 子育て経験のない若手社員からすると、単純に、彼女にどのぐらい仕事を振ったらいいのかが、まったくわからなかったのだ。 しかも、前職で「不当な扱いを受けた」として辞めてきた経緯もあるから、彼女に対してデリケートになるのは当然であろう。 近澤の属する企画営業部のメンバーは、総勢9名。部長を除く社員は、それぞれペアになって動くスタイルを取っていた。 だから、サブリーダーである近澤が彼女とペアを組まされるのは、いわば当然だった。 当時、近澤はまだ独身であったが、幸い、有働を持て余すということはなかった。 元々、女性社員の多い会社にいたこともあり、ワーキングマザーと仕事をすることには慣れていたし、限られた時間で、合理的なパフォーマンスをする彼女らの底力を知っていたからだ。 実際、有働は優秀で、近澤の半分ほどの勤務時間で、与えられた以上の仕事をした。 そもそも、畑違いの会社から来た近澤などとは、元々のレベルが違っていたのだ。 近澤は、性別も生活環境も異なる彼女とペアになってから初めて、依存も干渉も、気後れもない、対等な関係というものを知った。 ——それからさらに数年が経った今、彼女の子どもは成長し、今は反対に、近澤が乳児をもつ身だ。 近澤からすると、別に有働を手厚く扱ったつもりはないのだが、彼女はなぜかこちらに対して恩義のようなものを感じているらしく「今度は私がフォローする番だから」と、どんとかまえてくれた。
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