対決

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対決

 入ってきたのは2人の女性だった。  片方はいかにもなキャリアウーマンで、キツめの印象をうける眼鏡をかけた女性だった。  対してもう1人はゆるふわ系のウェーブをかけた薄茶髪の女。 「おまたせしました。私は飛騨ーーー」 「うわっ、イケメンじゃん!!」  飛騨と名乗りかけた女性の言葉を遮って茶髪の女が声を上げる。 「織田さん」 「あ、先輩すみませんっ」 「.......まぁ、気持ちはわからないでもないですが、気をつけてくださいね」  注意をしてはいるが、その口調はあまい。  叱られた織田という女と言えば口では謝罪するが、それはこちらにでは無く飛騨にだけ。  しかもその態度は明らかに舐めていると感じた。   「で? いつまで待たせる気だよ。こんなクソみたいな部屋に押し込めやがって」  露骨な悪態にその場にいた全員が驚く。  日菜子にすればこれ程態度の横柄な俺など、初めて見るはずだが前もってそうすると教えてあったので、その衝撃は小さそうだ。  だが対して目の前の2人は違う。  恐らく、受付での対応の良さ等を聞いていたのだろう。  きっと「珍しく優しい、物腰の柔らかな男」と聞いていたのだろう。  だがそれは日菜子に好意的な人物(・・・・・・・・・・)に限る。  恐らく現場を見ていなかった彼女らは、又聞きした過程でこちらを侮ったのだ。  でなければ日菜子が男の契約相手を連れてきた時点で、別の会議室を用意するはず。  だがそうしなかったのは、一重にこちらを舐めていたからだ。 『どうせ、澤井日菜子程度に取れる男であれば、きっと物腰も弱く、押しにも弱い.......そんな男だ』と決めてかかってきたのだろう。  だが、実際は異なる。  目に見えて苛立ちを見せて、声にもドスが効いている男。 「おい、なんとかいえよっ! この会社は男をわざわざ呼びつけておいて、その上物置みてぇな部屋に押し込めて茶も出さねぇのかよ!」  絵に書いたようなクレーマーを演ずる。  だが日菜子が怯えて居るのに気づいて慌ててフォローを入れる。 「あぁ、ごめん。日菜子には怒ってないよ。.......ただ、社会人にあるまじき対応を見せられて苛立ったんだ」 「仗助さん。ほんとうにごめーー」 「日菜子が謝ることは無いよ。悪いのはこの人達だからね。だって君の仕事は俺から契約の約束を取れた時点で終わってたはずなのに、それを横から口出しして拗らせてるのはそこの2人なんだからね」  そういって入口で棒立ちをしている2人に視線を投げかけると、2人はびくりと肩をふるわせた。 「なぁ、どうして俺は呼び出されたんだ?」  俺の問いに飛騨の方が答える。 「そ、それは大きな商談でしたので是非とも詳しいお話をして内容を決めたいと」 「日菜子、それはおわってるよな? 昨日ゆっくりと話し合って契約書にも記入を済ませたよな?」 「はい、雇用形態や給与なども説明済みです。その契約書は既に提出済みです」 「ま、待ってください。私はそれを受け取ってませんが.......」 「え? 佐々木部長に提出しましたが.......」  日菜子と飛騨の会話が食い合わない。 「失礼、その佐々木さんというのは?」 「あ、その人は私の直属の上司です」 「.......? なんで直属でもないこの2人が出てくるんだ?」  俺の言葉に答えたのは黙っていた織田だった。 「えっとぉ、佐々木さんから預かってたんですー」  そういって手荷物の書類から封筒を取りだした。 「ちょ、織田さん何故それを今更っ」 「ごめんなさぁい、うっかりしてましたー」  ぺろりと、あざとい顔で謝罪する。 「な、なんで貴女がソレを!?」  日菜子も知らなかったようで、驚きの声を上げた。 「だからぁ、言ったじゃないですかぁ、預かってたって」 「そうじゃなくて.......! それ、まだ未処理の封書ですよね!! 個人情報を貴女は勝手に持ち運んでたんですか!?」  日菜子の言葉に全員の目があつまる。  たしかに封筒はしっかりと封をされており「個人情報同封」と書かれていた。  そして、当の織田は「しまった」という表情。  チャンスだ。ここは責め時だ。 「おい、それ話通りなら俺の個人情報だよな? .......この会社は男の個人情報を個人で管理するのか?」  俺の言葉に飛騨が慌てて首を横に振る。 「い、いえっ! そのような真似は.......!! 織田さん、どういうことですか!?」 「あ、え.......いや、これは.......そう、渡されたのは今朝なんです!」  語尾を伸ばす癖をすっかりやめて、弁明してくる織田。 「そりゃおかしくねぇか? 実は日菜子からホントの所の話を聞いたが、今回の契約.......俺が男かどうか確認したいからって俺を呼んだんだよな? そうだよな日菜子」 「そうです。織田さんに言われて.......」 「ちょ、澤田さん、何言って.......!」  日菜子の言葉を遮るように声を上げるが、さらに俺が被せる。 「おかしいなぁ? 日菜子が書類を出したのは今朝、そして織田さん佐々木さんから受け取ったのも今朝.......そんなことあるか? 男との契約をそんなタライ回しするか? それに今はもう昼の3時を回ってるのに今のにも関わらず未だに中身を確認せず、自分の荷物の間に挟んだまま.......日菜子は昨日の時点で直帰する際に、個人情報を持つ事を許可してたけど.......この会社の管理体制やば過ぎたろ」  俺が来たのは3時だ。  日菜子が9時出勤だと考えても最低6時間書類が処理されず、宙ぶらりんなまま放置されていた。 「織田さん.......」  流石に飛騨も織田の言い分がおかしいと気づいたらしく、疑惑の眼差しを向け始めた。  そして俺に向き直ると飛騨は深く頭を下げる。 「東里様、この度は大変失礼致しました。すぐさま別室を用意致しますのでこちらへどうぞ」 「あぁ、茶も頼むぞ」 「1番良い茶葉をご用意させて頂きます」 「せ、せんぱーーー」  この期に及んで織田は縋るような声を上げるが、飛騨の冷たい視線を受けて言葉を詰まらせた。  
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