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処罰
その後、俺と日菜子は一際上質なソファーと茶菓子、そして良い香りを放つ緑茶が用意された部屋に案内された。
聞けばここが本来、上客.......いわゆる男の契約者を通すような部屋だ。
織田と飛騨の2人は元々書類を持っていたという、日菜子の上司の元へむかった。
そして、5分もしない間にやってきたのは疲れた様子の30前後くらいの女性社員だった。
憔悴した様子ではあるが、なんとなく優しそうな印象で保母さんとかやってたらすごく似合いそうなイメージだ。
柔らかなウェーブかかった黒髪と、少し大きい胸に目が行きそうになるのを堪える。
「さ、佐々木部長!?」
日菜子が驚きの声を上げる。
「澤田くん! ということはそちらの方が今朝の.......!」
「は、はい。長期契約を約束してくださっていた東里さんです」
それを聞くと、今にも泣きそうな顔で佐々木部長とよばれた女性は頭を下げた。
「この度は個人情報の扱い監督不行き届き、誠に申し訳ございませんでしたあ!」
「え」
「お客様のご好意で契約を受けていただいたというのに、わざわざ我社へ呼びつけた挙句粗雑な部屋に押し込めて待機させるなど言語道断! どうか、どうか我社の失礼な対応、平にご容赦をっ」
床に頭を押し付ける勢いで謝罪する佐々木さん。
「ま、待ってくれ。なんであんたが謝ってるんだ」
「そ、それは.......お客様の個人情報を紛失したとして.......」
「は? 紛失?」
「部長、それはどういうことです?」
話が全く見えてこない。
あの織田という女の話では『部長から預かった』と言っていたはずだ。
それが紛失だなんて。
日菜子に目配せをして落ち着かせるように頼むと、彼女をソファーの対面に座らせゆっくりと話を聞き出した。
「つまり、佐々木さんは日菜子から書類を受け取ったあと、目を離したわずかな時間の間に書類が無くなっていることに気が付き、今の今まで探し回っていたと、そういうことですね?」
「は、はい.......」
すっかり萎縮してしまった佐々木さん。
「ちなみにどうしてここへ?」
「へ? そ、それは契約者様が乗り込んでこられたと人伝に聞きまして.......なんでも、怒鳴り声が廊下まで響いてきたとか.......」
「.......飛騨って人が部長さんを呼びに行ったはずだが?」
「いえ、会いませんでした。.......どこかでいれ違ったのかもしれません」
怒鳴り声.......ってのは、多分織田と飛騨の2人に向けて怒った時のやつか。
何となく読めてきたぞ。
あのクソアマ.......。
「佐々木さん、あなたは悪くないですよ」
「え」
俺は佐々木さんに織田の言い分と佐々木さんの食い違いについて指摘すると、泣きそうだった彼女の顔は怒りの表情になり始める。
そして分かったことは、あの織田という女は日菜子が提出した書類を佐々木さんのデスクから勝手に持ち出していた事が判明。
彼女の上司である飛騨も知らされていなかったとは言え、織田の言葉を鵜呑みにして失礼な対応を取ったとして現在別室にてさらに上の社員に怒られているそうだ。
つまり佐々木さんが俺の話を聞いて謝りに来なかったら、まだ暫く放置されてた訳だが……マジでこの会社大丈夫か?
同情はするが、迷惑を被った側からすると「ざまあ」としか言えない。
そしてとうの織田本人だが.......会社をクビになった上で警察に通報され「個人情報保護法違反」と「男性保護法違反」で逮捕となった。
前者はともかく男性保護法なんてものがあるとは思っておらず、かなりびっくりした。
なんでも契約書の中には俺の住所や電話番号などが細かく記載されていたので、ソレを個人的に持ち出していた事で法に抵触してしまったそうだ。
その際に「ふっざけんなくそが! 澤田ぁ! てめぇ覚えてろよォ!?」と、鬼の形相で怒鳴り散らした。
ただ日菜子が俺の隣にいたこともあり、駆け付けていた警官が「男性への恫喝」も適用させるので、外に出てくるのは相当先になると聞かされ絶望の表情で崩れ落ちた。
何故そこまで、と婦警さんに聞いたところ
「じ、実は過去に女性からの恫喝が原因で心に傷を患い、女性恐怖症となった、こ、ことがありまして!です!」
と、真っ赤になりながらも答えてくれた。
その後、改めて佐々木さんと日菜子の3人で契約をまとめる事にした。
仕事の開始はまずVR機器が届くまで待機。
そして仕事内容は大きくわけて2つ。
1つ目は、VR機器の宣伝を兼ねた写真撮影。ついでに使用感の感想インタビュー、おすすめのゲームなどの話をする。(原稿は用意してくれるそうだが、俺が個人的におすすめしたい内容でもある程度は取り入れてくれるらしい)
2つ目は、まさかのVR空間でのお仕事だった。
この会社の契約は本当に幅が広く、VRゲームのレビューや実況撮って宣伝するなども請け負っていたらしく、これまでは社員が合間を見てプレイして撮ったものをネット公開してたそうだ。
視聴率に応じて報酬が変動するらしく、俺への報酬は依頼をしてくる会社からの指名料を上乗せで貰える。
男の配信者というだけで宣伝行為としてはかなり期待されており、多くの会社からこぞって使命が入ることが予測されており、その上位数件を受けることになる予定。
あと、日菜子の今後だが昇進して佐々木さんと同じ部長となった。
だが今は俺の対応に集中して欲しいとの事で「特殊外部受注部門」という急増の部署を作り、そこに宛てがわれた。
そして俺案件の仕事を処理することになり、これまでの仕事より遥かに重要度が上がり、日菜子の立場はかなり改善された。
佐々木さんは被害者とはいえ、個人情報を他人に持ち出されるところに置いていたという非もあり、3ヶ月の減給と日菜子のサポートに着くように会社から指示を受けることになった。
完全にとばっちりのはずだったのに、佐々木さんはニコニコの満面の笑みで「これからもよろしくお願いします」と喜んでいた。
ちらりと日菜子をみれば「お世話になった上司なので少しでも軽い罰にしたかったので」と小声で教えてくれた。
そういうことならと、俺はサービス全開で佐々木さんの手を取って挨拶をした。
握手の際に少しだけ手を撫でて、耳元で「今後とも末永く、ね」と意味深に微笑むと顔を真っ赤にして固まってしまった。
日菜子はヤレヤレといったようすで見るばかりで怒る様子はない。
.......佐々木さん、ねらってみようかな?
身体は若返ったけど、主観では34歳だった俺からすると佐々木さん余裕でストライクゾーンなんだよな。
でも、それより俺はやりたい事があるので日菜子にとある提案をすることにした。
「ところで佐々木さん、ここで使われてない部屋とかないですかね? 出来れば防音が聞いてると有難いんですが」
俺の質問に首を傾げる日菜子と佐々木さんの2人だった。
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