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買い物に行こう(予定は未定)
さすがにおかしい。
さっきから通行人が女性しか居ないのは、最悪偶然として処理できるが駅に来てからその違和感は確実の物となった。
「男性専用車両とか、まじで見ることになるとは思わなかった」
そう、電車に乗り込んだ瞬間ものすごい視線を感じた俺は周りを見ると、車両内に居た女性たちがこちらをガン見していることに気がついたのだ。
咄嗟にか「間違えて女性専用車両に乗ってしまったか」と確認するとそのようなことはない。
では何故こんなに注目を? と首を傾げていると、ヒソヒソと女性たちが話し始めた。
今はイヤホンから流れる音楽で聞き取れないが、その顔を見ると嫌悪ではなくどちらかと言うと好奇心が折混ざっているように感じた。
さすがイケメン、すごい効果だ。
そんなことを考えていると腕を急に掴まれた。
「え」
驚いて振り返るとそこには眼鏡をかけた少しやつれた感じのおじさんが、なにやら慌てた様子でこちらを見ていた。
「早くこっちへおいでっ」
さすがにイヤホンつけっぱなしはまずいと思い、取り外すと彼の焦った言葉が聞こえた。
「え、あ、はい」
言われるがまま従って隣の車両に移動する。その背後から「あぁっ、天使がっ」なんて声が聞こえた気がした。
ガタンガタンと揺れる車両の中で、先ほどの男の人がこちらに振り返った。
「大丈夫だったかい? 慌てて乗り込んだ先がアレだったから、パニックになって固まってたんだろう?」
「え、いや.......あの」
悔しいことに身体は変わっても対人恐怖症は変わらないようで、男性の言葉に答えることが出来なかった。
それを勘違いしたのか優しげな笑みをうかべて、男の人は続ける。
「ここなら大丈夫だよ。流石に男専用車両に乗り込んでくる女の人は少ないから」
「おとこせんようしゃりょう」
あまりのインパクトに俺はオウム返しをしてしまう。
「おや、もしかして電車は初めてかい? .......なるほど、それだけ見た目が良ければ御家族に大切にされてきたんだろうね。」
「.......」
あまりの展開に言葉を失っていると、男性は俺の服装を見て顔をしかめる。
「とはいっても、いくら何でも露出が多すぎるよ。ジーンズとTシャツだけなんて、女性からいやらしい目で見られても仕方ないよ。君結構筋肉あるんだからね?」
「あ、はい」
「私は次の駅で降りるけど、君も駅を出たら早めに上に羽織るものを買うんだよ? 補助金はあるだろう?」
補助金とやらは分からないが、生活保護のお金はあるのでうなずいておく。
すると安心したような顔で男性は次の駅で降りていった。
「.......マジかよ」
俺は名も知らぬ男性が降りた後、慌ててスマホでとある言葉を調べる。
その検索内容は「男性専用車両」というもの。
そして、出てきた内容は「近年痴女多発に基づき、男性電車利用率低下を憂慮した企業は男性専用車両の導入を開始。続々と各地でも導入され始め、多くの男性から感謝の言葉が寄せられた」というものだった。
「満員電車で匂いを嗅がれるのは耐えられなかった」
「おしりを撫でられたことがある」
「胸板をもまれた」
などの痴女被害者の声も寄せられていた。
これを見て俺は確信した。
「この世界、貞操概念逆転系だ.......!!」
それは、俺が読んだことあるラノベ設定だった。
しかも男女比率が異様なまでに片寄った強制ハーレム世界。
「それは.......それは予想外過ぎるだろ」
おもわず頭を抱えながらボヤく。
そりゃイケメンへと変わったのだから、それを利用しない手はないと思っていたがそれは少々どころかかなり予想の右斜め上だ。
「ここに来るまでの視線やひそひそ話はこれのせいだったか.......」
やけに好意的な視線が飛んでくると思ったら、男が少な過ぎて飢えた視線だったのだ。そしてひそひそ話は.......どうにも俺の服装が原因らしい。
さきほどの男性が話していたが、こちらの男は非常に奥ゆかしい性格らしく肌の露出はかなり控えめだ。
夏でも長袖、出してもせいぜい7分丈程度。
ついでに言うとこちらの男はガリガリかおデブちゃんが多いらしく、今の俺のような筋肉質な体型は元の世界で言うところの「ナイスバディなお姉ちゃん」くらいのセックスアピールになってるそうだ。
この胸板の筋肉も、割れた腹筋も大きなお胸とくびれた腰つきと同価値.......といわれても、最初は首を傾げるばかりだった。
先程の男性は、太くも細くもない普通のサラリーマンだったので、もしかするとこちらの世界ではなかなかのイケメンに部類する人だったのかもしれない。
そして、それを踏まえた上で今の俺のような服装を確認する。
肌に張り付くような薄手の黒のTシャツと、これまたボディラインの出るぴっちりしたダメージジーンズだ。
これは俺の感覚でいえば「グラマーなお姉さんが露出多めな格好で無防備に歩いてる」様なものだ。
しかも異性が極端に少ないこの世界では、オナ禁を長期間やってるなか出くわすようなものだ。
そりゃ飢えた目線になるわ。
「こりゃ、予定をそうそうに切り上げて帰った方がいいか?」
しかし、横浜まであと二駅。今更帰るにしても遅すぎる。
「仕方ない、さっきの人の助言通り洋服を先に買おう」
俺は諦めて横浜で買い物をすることに決めた。
駅のホームに降りると、やはりというかやっぱり視線が集中した。
平日なのでそれなりに人は少ないが、だからこそ俺が目立つようですぐに見つかる。
話しかけようと寄ってくる気配を感じたので、足早にそこを離れることにした。
改札を出て近くの洋服店に入り、上着として羽織れる青系のジャケットを購入した。予定外の出費だが、身の安全のためだから仕方がない。
実際に着込んで見ると多少の視線が大人しく感じた。未だに熱視線は注がれているが、なんというかいやらしいものは感じなくなった。
そう、例えるなら芸能人を見かけてつい目で追ってる感じだ。
ちらりと視線を向けると休日のOLらしき女性がこちらを見つめていた。
特別美人、という訳では無いが清潔なスーツ姿でさらに髪を染めずに後ろでまとめている。
俺はポニーテールが好きなのでそれに近い髪型は大好物なのだ。
そんな髪型をした素朴系の女の人がこちらを潤んだ瞳で見ている。
.......行ってみるか。
相手がもし超絶美人だったり、俺の見た目が以前のままだったらそんな気持ちにはならなかっただろうが、今は違う。この状況を楽しんでみたいと思う自分がいた。
しばらくの逡巡をしていると別の女性が話しかけようとしてくる。
見た目は華やかで着ている服も魅力的なのだが.......なんというか、下心丸出しだ。
男の視線に女性は気付いているのだと、昔本で読んだが本当にわかるのだなと関心すらした。
歩いてくるその人はさっきから胸元や股間部分ばかり見ているのがわかる。
「あのーー」
「あ、ごめん待たせた?」
「えっ」
「えっ?」
完全に補足される前に俺は素朴系OLに声をかけた。それも「待ち合わせをしていた相手」のように。
すると、俺に近寄っていた女は唖然として動きを止めて俺とOLを見比べる。その目は「お前らが待ち合わせ? なんの冗談だ?」とありありと語っている。
うん、やはり避けて正解だったようだ。
この女は自分の見た目に自信があって、OLの子を明らかに見下している。
かつて俺がされていたように。
そんな人はこっちから願い下げだ。
「あ、え、あの」
困惑してるOLさんにそっと顔を寄せて、彼女だけに聞こえるよう耳打ちをする。
「突然ごめん、あの人と関わりたくなくて貴女を頼ってしまった。よければ話しを合わせてくれないか?」
「ーーッ、わ、かりました」
身体をびくりと震わせたあと、紅潮したまま頷いてくれた。
「名前は?」
「ひ、日菜子、です」
ボソボソとやり取りをしてると、周りの視線が俺と日菜子さんに集まっているのに気がついた。
男と待ち合わせしていたらしき女が気になるのだろう。
皆、日菜子さんを見て「え、あの人が?」見たいな顔をする。それも失礼な気もするが、目の前にいる蔑むような目をした女より遥かにマシだ。
まるで親の仇かと言わんばかりに日菜子さんを睨んでいる。
「またせちゃってごめんね日菜子。さぁ、行こうか」
「は、はひぃ」
俺が親しげに名前を呼ぶと周りの女性たちが「下の名前で呼び捨てとか.......」「うらやま 」「ちょっと、私の名前ひなこに改名してくる」などと会話している。
というか最後の人そこまでか?
日菜子の手を引いて歩こうとすると、唖然としていた女が駆け寄ってきた。
「ねぇ、おにいさん」
「.......なんです?」
まさか待ち合わせを見せつけられた上で、声掛けてくるとは思わなかった。
漫画やラノベではある展開だが現実にそれと遭遇すると、驚きより相手の遠慮の無さに引いてしまう。
「そんな地味女より私と遊びましょうよ。お金なら沢山あるし、楽しませてあげるわよ? 1度も男と話した事ないようなブスより絶対その方がいいわ」
思わず言葉を失った。
男の少数化によって男性経験のない人の方が遥かに多いこの世界で、なんという全方位射撃。
先程までことの経緯を見守っていた女性たちの目が変わったぞ。
ちらりと日菜子さんをみると、彼女は怒るより悲しげに目を伏せるばかりだ。
多分、この人はかつての俺と同じで自分に自信がなくて、今言われた失礼な物言いも「その通りなのだ」と認めてしまってるのかもしれない。
だから、俺はそんな彼女を見て自分を重ねたのか言いしれない怒りを感じた。
「.......それで?」
「え」
「仮に彼女がお金が無くて、男性経験もなく、世間一般的に見た目も優れていないとしましょう。ーーですが、それでも、俺の彼女をバカにする理由と権利が貴女にあるのですか?」
日菜子を背に庇い、目の前の目障りな女を睨みつけて怒気を乗せて続ける。
「あんたは確かに美人だよ。スタイルも良ければ経済力も相当なものだろうさ。だけど、心が貧しい奴と誰も向き合うことなんてしないぞ。仮に居たとしても、それは上辺だけ。本当の意味でアンタを好いてくれたりしない」
「な、な、な」
「早いうちに自分の姿を見直すんだな」
俺は言うだけ言って日菜子の手を引いてその場を立ち去った。
実は足が震えてて、立ってるのもやっとなんだ。
啖呵をきったのに相手の前で腰を抜かすなんてやりたくなかった。何より日菜子さんのまえでカッコ悪いところは見せたくない.......それが俺を何とか後押ししてくれていた。
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