澤井日菜子

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澤井日菜子

 澤井日菜子(さわいひなこ)は自他ともに認める地味女だ。  彼女は幼い頃より地味と周りからからかわれ続け育った。  華やかな事が大好きな母親とその美貌と性格を色濃く受け継いだ姉。そんな中、日菜子は親から似ていない(・・・・・)と言われるほど見た目が凡庸だった。 「センスも地味だし顔つきも地味、ハズレ精子だったのかしら」  心無い母親の言葉に傷つきながらも、彼女は心の中で「ハズレ精子(それ)を選んだのはお母さんじゃないか」と毒づいた。  男が少数化する近年では男と結婚できる女は少なく、大抵は男性が定期的に提供してくれている精子を高い金かけて購入して人工授精するしかない。  ほかにも割安で人口精子での人工授精も出来るのだが、そちらだと遺伝子を女性ベースで作っているため女児の出生率が100パーセントなのだ。  これが開発された時は「人類の保護が確定した 」と歓喜したものだが、男が生まれなくなるとわかり学者たち肩を落とす羽目となった。  そんな中彼女自身、派手な事が嫌いな訳ではなく姉や母に比べて見た目が劣っていることに自覚していた為、それに見合う服装を選んでいたら家族を含めた周囲の人間に「ハズレ」だとか「地味」と蔑まされて過ごしてきた。  すっかり卑屈な性格になり始めていたそんな時、転機が訪れた。  その日も、いつも通りお宅訪問して家主と契約を結ぶために挨拶回りすべく会社から出発した。  日菜子の勤める会社は所謂、契約仲介を主に行う会社だ。  時には改築、時には貴金属買取など様々だ。  多くの契約を用意しており、お宅訪問した先で必要な契約を取り付けた件数がそのまま実績となる。  女性契約が1点で男性契約で50点。1ヶ月のノルマが10なのでいかに男性の契約が重要視されているかが分かる。ちなみに男性が重要視される理由は一重に「契約を取りつけることで出会いに繋がるから」のひとつだ。  伝説ではあるが、かつて契約を取り付けた相手とそのままゴールインした女性が居たそうで、それだけを目標に働いている人すらいるくらいだ。  もちろん日菜子も「できたらいいな」と思ってはいるが、自分より見目麗しい先輩ですら諦めている現状なので望み薄だと理解している。  そもそも、世の中の男はがっついた女が嫌いだ。会ってすぐに肉体関係を望もう物なら、セクハラで訴えられて負けるのは確実。  もしそれが原因でインポテンツにでもなろうものなら、社会的制裁を受けるレベルだ。  それほどまでに男性の希少性は、現代社会において重視されているのだ。   話は戻るがそんな訳で日菜子の会社では、男性との契約を取れるだけでも英雄、もし継続契約でも取ろうものなら会社での地位は盤石の物となる。 「まぁ.......今月、3件しか取れてない私が出来るわけないけど.......」  日菜子は会社での成績はあまり良くない。  理由は様々だが同期の織田のせいだ。織田とは彼女とほぼ同時期に入社した新人なのだが、何より人に媚びを売るのが得意だ。  そしてそれ以上に他人に仕事を押し付けるのがさらに上手い。  織田はこのふたつの性質を駆使し、早々に会社のヒエラルキー上位者に気に入られ、面倒な地区での仕事は他の者に押し付けた。  日菜子が横浜地区を活動することになった理由もそれが原因だ。  立地は悪くない.......だか、同業者が多すぎて行く先々で「既に契約してるので」と断られるケースが遥かに多いのだ。  それを見越していた織田は早々に当時立場の弱かった日菜子に押し付けた。 「日菜子さん、たしか横浜出身でしたよねー? (あたし)ィ、あの辺は疎くてェ」  まだるっこしい間延びした喋り方。正直断りたかったが彼女を気に入っている上司から「そうなのか、やはり土地勘は大事だものな。やってくれるか」と言われてしまえば、頷くしか無かった。 「はぁ.......もう20日なのに3件ってかなりギリギリ.......どうしようーーん?」  肩を落としながら駅のホーム前を歩いていると、何やらざわめく音に気がついた。  元々静かな場所ではないが今感じるざわめきは明らかに質の違うものだった。  一言で言うなら「困惑」だ。  なんだろうかと、周りの人々の視線の先を追うとそこには天使がいた(・・・・・)。  細くひきしまったウェスト、スラリと長い手足、顔立ちは少し幼げで髪はあまり切っていないようだが、そこから覗く目つきは少々大人びた印象を受ける。  しかも、鍛えているのか割れた腹筋と胸筋のラインがはっきり見えるほどピッチリしたTシャツとジーンズ。  上着に青いジャケットを羽織ってはいるが前のボタンを閉めておらず、胸元が無防備に晒されてさらにエロい。 「うわ.......えっろ.......」  横から自分の心を代弁したかのようなつぶやきが聞こえた。  周りを見ると自分同様、紅潮した顔つきで食い入るように彼を見つめていた。  すると.......。  一瞬だが、彼と目が合った。  男を見るのは初めて.......ではないが、それでもかなり遠くからだったりでこちらを真っ直ぐみることは無かった。  しかも、嫌悪感など一切なくただ普通にこちらを見た。  自分の知る男は女性を見るなり顔を顰めたりする物だ。  まぁ、性被害に遭うことの多い男性からすると女性は獣か何かにみえるのかもしれない。  そんなことを考えていると、なにやら綺麗な女性が彼に近寄っていくのが見えた。  豊満なボディーライン、煌びやかな服装、自信に溢れたその姿に母や姉を思い出した。  すると日菜子の心に灯っていた異性への熱は、スンと冷めていくのを感じる。  自分なんかよりああいった綺麗な女性でなければ、自分などに振り向くわけが無い。  そう思うと途端に冷静になって言った。  だかここから予想外なことが起きた。  彼は女性を無視してこちら.......日菜子の方へと歩いてきたのだ。 「あ、ごめん待たせた?」 「えっ」 「えっ?」  彼は足早に駆け寄ってきたと思ったら日菜子に声をかけた。それも「待ち合わせをしていた相手」のように。  すると彼に話しかけようと近寄っていた女性は、唖然として動きを止めて自分と彼を見比べる。  その目は「お前らが待ち合わせ? なんの冗談だ?」とありありと語っている。 「あ、え、あの」  困惑しつつも「人違いでは?」と聞こうとすると、彼はそっと顔を寄せて、彼女だけに聞こえるよう耳打ちをする。 「突然ごめん、あの人と関わりたくなくて貴女を頼ってしまった。よければ話しを合わせてくれないか?」 「ーーッ、わ、かりました」  耳元で響く男特有の重低音の囁き。  コレだけで思わず体が震えてしまった。  .......しばらくオカズには困らなさそう。  そんなことを考えつつ、日菜子は赤く染った頬を隠さずに頷いた。 「名前は?」 「ひ、日菜子、です」  ボソボソとやり取りをしてると、周りの視線が彼と日菜子に集まっているのに気がついた。  男と待ち合わせしていたらしき女が気になるのだろう。  皆、日菜子を見て「え、あの人が?」といった顔をする。  目の前にいる蔑むような目をした女なんかはもっと酷い。  まるで親の仇かと言わんばかりに日菜子を睨んでいる。 「またせちゃってごめんね日菜子。さぁ、行こうか」 「は、はひぃ」  彼が親しげに名前を呼ぶと周りの女性たちが「下の名前で呼び捨てとか.......」「うらやま 」「ちょっと、私の名前ひなこに改名してくる」などと会話している。  というか最後の人の気持ち凄くわかる。私も同じ立場だったらそうしたくなるかもしれない。  彼が日菜子の手を引いて歩こうとすると、唖然としていた女が駆け寄ってきた。 「ねぇ、おにいさん」 「.......なんです?」 「そんな地味女より私と遊びましょうよ。お金なら沢山あるし、楽しませてあげるわよ? 1度も男と話した事ないようなブスより絶対その方がいいわ」  何度も言われ慣れた言葉。  地味だとブスだと、影で家族から言われていたためな気はしないが心が沈んでいくのを感じる。  だけど仕方がない。この人はそう言えるだけの美貌と自信があるのだ。  自分にはそれがない。だから仕方がない。  そう言い聞かせるように目を伏せていると、ふたたび予想外なことが起きた。 「.......それで?」 「え」 「仮に彼女がお金が無くて、男性経験もなく、世間一般的に見た目も優れていないとしましょう。ーーですが、それでも、俺の彼女をバカにする理由と権利が貴女にあるのですか?」  彼は日菜子を背に庇い、目の前の.......自分より遥かに綺麗な女性を睨みつけ、声に怒気を乗せて続ける。 「あんたは確かに美人だよ。スタイルも良ければ経済力も相当なものだろうさ。だけど、心が貧しい奴と誰も向き合うことなんてしないぞ。仮に居たとしても、それは上辺だけ。本当の意味でアンタを好いてくれたりしない」 「な、な、な」 「早いうちに自分の姿を見直すんだな」  彼はハッキリと告げて日菜子の手を引いてその場を立ち去った。  日菜子はその背中に見蕩れながら、そのまま彼の後を付いて行った。
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