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母と姉の喧嘩に巻きこまれ、朝の通学電車に乗っている時から、青山祝はすでに疲れていた。
天秤のように体を梃子にして、今も母と姉の主張が両方の皿に乗っているみたいである。事の始まりは、母の何気ない一言だった。
「昨日、恭子と買い物してたら店員さんに『姉妹ですか?』って訊かれちゃったのよーっ」
花が咲いたように喜ぶ母に「ふうん」と適当に相槌を打ちながら焦げ気味のトーストを食べていると、隣に座る大学生の姉・恭子が異議を唱えだした。
「あんなのお世辞に決まってんじゃん」
「えー、だって会計を済ませた後に言われたのよ? あのタイミングでお世辞なんて、意味ないじゃない」
そこから二人はお世辞か否かでヒートアップしていき、しまいには姉が母の作った本日のお弁当をボイコットするという結果にまで至った。
母と姉は、顔のつくりも背格好も、性格までもが派手で、そして似ている。思春期をいまだに引きずっている姉は、若作りの母が恥ずかしいらしく、姉妹と間違われるのがとにかく嫌なのだそうだ。
朝からワーワーと大声を出す女性陣にうんざりし、「どっちでもいいじゃん」と言うと、なぜか関係ない祝にまで火の粉が飛んできた。
「あんたはいいよねっ。お父さんに似て、よくある顔だからさっ」
いつも勝手に喧嘩しているのは女性陣だというのに、男性陣である父と祝は毎度のように巻きこまれ、そしてなんだかよくわからないうちに悪口を言われて終わる。今は父が単身赴任中なので、傷をなめあう同士がいないのは心もとない。けれど、それが青山家の男の宿命というものだ。
ただ、姉もいくら若作りで化粧の濃い母親と姉妹に間違えられるのが嫌だったとはいえ、八つ当たりもいいところだ。『よくある顔』と言われて、さすがの祝も地味に傷ついた。
ふわああと、大きなあくびをひとつして、祝は電車の窓に映る自分の顔をながめてみる。たしかに目は細くも太くもないし、鼻は低くも高くもない。実に平均的で、特徴らしきものといえば少し下がった目尻と、雨にも風にも負けない真っ黒な硬めの短い髪の毛だけだ。
それでも顔の輪郭がぼてっとしているわけじゃないから、角度によっては知的に見えなくもない。彫りは深くないが、眠気が冷めればもうちょっとシャキッとなるはず……だ。
梅雨の通勤通学ラッシュ時。汗のすっぱい匂いが電車内に漂う中、さっきから口呼吸のオジサンの吐く息がちょうどこめかみにかかってつらい。
ああ、他の乗客より少し小さめにできた自分の身長が憎たらしい。そろそろ本気出せよおれの成長期……と心の中でボヤいてみるが、出てほしい時に出てくれるものじゃないことくらい、わかっている。そう、試験前のやる気と同じようなものなのだ。
停車した駅で、同じブレザータイプの制服を着た男子高校生が乗ってきた。教室で祝のすぐ後ろの席に座る赤尾陽平だ。
「ふう~、涼しい~、天国だあ~」
そこそこ混みあっている電車の中に、日曜日の朝風呂に入るオヤジみたいな声を出して、陽平はドア付近の手すりに寄りかかる祝の斜め前に立った。斜め上から冷房の風が当たる、唯一の場所である。陽平のでかい図体のせいで、完全に遮断されてしまった。
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