てるてる坊主にさようなら

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「はあ……横にいたオッサン臭かった……」 「え、ハジメのにおいじゃないの?」 「ざけんな」  ボケてくる陽平の背中を、祝は遠慮なくバシッと叩く。いてーなこのやろーっ、と動物のように背後からじゃれてくる男を、いつものように「シッシ」と追い払う。  しばらくまわりの歩く速さにつられて歩いていたら、いつの間にか陽平が隣にいないことに気がついた。  後ろを振り向くと、重たそうにカックンカックンと体全体で右脚を支えながら、こちらに向かって歩いてくる陽平の姿があった。立ち止まっている祝に気づくなり、「ゴメン」というように苦い笑いを浮かべる。陽平のこの顔だけは、いつ見ても好きじゃない。  陽平は、両親が車での事故を起こした時に、その後部座席に同乗していたのだ。大雨の日、深夜に高熱を出した陽平を病院に連れて行こうと、車を走らせている時だったそうだ。  詳しい事故の内容は、陽平が話そうとしないので、祝は知らない。訊いてもいない。  ただ、今でも前からやってくる大型トラックのヘッドライトを見ると、ちょっと息ができなくなるという。特に雨の日の夜は……。  卵焼きを盗まれたことがきっかけで話すようになったあと、右脚を引きずって歩く陽平に「その足どうしたんだよ」と訊いた際、教えてくれた。  そんな事故の後遺症も、両親を亡くした過去も、今となっては人を惹きつける一部になっているのかもなあ、と陽平の周囲に集まる人間を見て、祝は思う時がある。  陽平の場合、その容姿と性格のおかげで、右脚が対人関係においてハンデになることはない。むしろ『特別』感を煽り、潤滑油になっているのだ。  祝は人よりペースの遅い陽平の隣に戻る。  これも、毎朝のことだ。
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