てるてる坊主にさようなら

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 一仕事終えた気になって席へ戻ると、マサやんに「おまえなあ、告白を邪魔しちゃダメだろ」と注意された。どこが邪魔だというのだ。 「あんなに痛そうにしてんのに、ずっと立たせてる方がおかしいだろ」  告白くらい、座ってでもできる。  マサやんが「痛そうだったか?」と首をかしげたので、祝は言い切った。 「見りゃわかんだろーが」  教室のドアの前では、椅子に座っている陽平が、太ももをさすりながら、女子の話に耳を傾けている。合間に、チラチラと見られているような気がしたけれど、その視線に気づかないフリをして、祝は窓から見える灰色の空と、木の葉が揺れる様を見続けたのだった。  その夜、陽平は案の定、ナス料理を目当てに青山家へとやって来た。 「ハジメ、なんで先に帰っちゃうんだよっ」  麻婆ナスを食べながら、さっきから陽平はプリプリと怒っている。うるさいやつだ。 「むしろなんで待ってなきゃなんねえの?」 「待ってて、って言ったのに」 「だれが待つかよ」  結局、前髪女子が肝心なことを口にする前に、昼休みが終わったらしい。放課後、陽平は改めてその女子から呼び出されていた。  確かに「待ってて」とは言われたが、告白されている男友達を待つなんて虚しいだけなので、祝は陽平を置いて先に帰ったのだ。 「あら。陽平くん、もしかしてまた?」  祝の母がナスとミョウガの塩もみをテーブルの上に置いた。あれほどミョウガが嫌いだと言ったのに、この家では陽平の意見が採用されることがほとんどである。 「そう。こいつ今日二人から告られてんの」 「あら~。じゃあ私も陽平くんに告っちゃおっかな♪」  若作りが痛々しい母は、陽平が家に来るようになってからますます若作りに拍車がかかっている。陽平も陽平でそんな母に、 「おれ、美代子さんに会えてよかった」  というような際どいセリフを無意識のうちに吐くので、陽平が家に来ると母の機嫌は右肩上がりなのだ。陽平としては、母の作る料理を褒めているだけだろう。だが、都合のいいように解釈するのが祝の母・美代子だった。 「それで、陽平くんはなんて返事したの? その女の子たちに」 「バレー部の子は……なんか違うかなって」 「もったいねえな。あんなに胸でかいのに」 「ちょっとハジメ、お母さんの前でそういうこと言うのやめなさいって言ってるでしょっ」 「んで? 後から告ってきた子は?」 「水野さんは……あの子は、とりあえずお友達になってほしいって言われたから、断るのもヘンかなって」 「なんだそりゃ。告白と変わんねえじゃん。ハッキリ言ってやれよ。好きじゃないって」  陽平はブンブンと首を横に振った。 「だって好きだとは言われてないし……」 「バカ。そーゆーのはな、もう言われてんだよ。好きだ、って」 「決めつけるのはよくないよ」 「ま、友達でもなんでもオーケーしたってことは、好きになれそうってワケか」  陽平は「それはわかんないけど……」と複雑そうな顔をする。  陽平はモテる。だが、祝は陽平に彼女ができたという話を聞いたことがない。好きになった女子の話もそうだ。  祝が隣のクラスの高田さんに見事玉砕したときに一度だけ、涼しい顔をした陽平に「おまえ好きな女子とかいないの?」とやけくそ気味に訊いたことがある。 「今はいないかなあ」  陽平は、遠くを見ながらそう言っていた。  台風が接近しているのか、リビングの雨戸はカタカタと揺れ、雨飛沫がピチピチと魚の跳ねるような音を生みながらぶつかっている。 「陽平くん、こんな天気だし、今夜は泊まっていきなさいよ」  姉を駅まで迎えに行くという母は、車のキーを手に取って言った。
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