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「母ちゃんが車で送ってやればいいじゃん」
「バカね。あんたはどうしてそう、ひどいことを言うのよ」
「どこがひどいんだよ。普通だろ」
そう言って残りのご飯を口の中に掻きこんでいると、母がチラリと陽平の脚を見た。ああ脚か……と察するが、やっぱりどこが《ひどい》のか皆目見当がつかない。
「おれ大丈夫です。一人で帰れます」
「この雨じゃ無理だろ。おまえ脚悪いんだし」
「そうかなあ。いけると思うんだけど」
「いけねえわ。母ちゃん、姉ちゃん迎えに行くんだろ? 陽平のことも送ってってよ」
「ああもう! うるさーい!」
母はキーッとなって、祝の頭にゲンコツを落とした。無神経で自分勝手に話を進める息子にお灸をすえねばと思ったらしい。
単身赴任中の父に代わって、この家の主は母なのだ。結局、「なにも一人の家に無理やり帰すことないでしょ」とこっそり耳打ちしてきた母によって、陽平はほぼ強制的に青山家に泊まることになった。
泊まるといっても陽平が寝る場所はいつも祝の部屋だ。正直、陽平が泊まりに来た次の日の朝は体中が痛い。脚に後遺症のある陽平にベッドを使わせることになり、祝が床に布団を敷いて寝ることになるからだ。薄っぺらい敷布団で背骨が痛いわ、ベッドの下のホコリでくしゃみは出るわで、いいことがない。
部屋に行くと、先に風呂から上がった陽平がベッドに腰かけたままうつらうつらしていた。今にも頭が落ちそうである。
「先に寝ていいっつってんのに」
祝が部屋の電気を消そうとすると、陽平はパチッと目を開けて、眠たそうに手で擦った。
「ハジメがお風呂から上がるの、待ってよーと思って。ここハジメの部屋じゃん? 一応」
「一応じゃねえわ。おれの部屋だ。なんでそんなところだけ律儀なんだよ」
「だってハジメに気を遣わせたら、おれ終わる気がするし」
「安心しろって。おまえに気を遣ったことなんて一度もないから」
「あはは。だよな」
電気を消し、祝が布団に潜りこむと、ようやく陽平もベッドに入った。
寝る前、祝はスマホをいじるのが習慣になっている。今夜もいつも通り枕を抱くようにしてスマホでSNSを見ていると、陽平がじっと天井を見つめていることに気がついた。
外の雨風の音に刺激され、眠れないのだろうか。そういえばさっきより風の音が近い。明日休校にならないかな、と密かに期待する。
祝はスマホの画面を陽平に向けて照らした。
「うわっ。なに」
「天井になんかいんのかよ」
「ちがう。ちょっと考え事」
「おまえが? バカなのに?」
「するよ。特にこういう天気の日とか」
「あ、そっか。脚、痛むんだっけか」
「そー。神経痛っていうのかな。事故が起きた日もこんな天気だったから、最初は呪いかと思ったけど」
「呪い?」
「そ。おれだけ生き残っちゃったってことをわからせるために、神様が雨の日の呪いをかけたのかなって」
何バカなこと言ってんだ、と半分あきれながら、祝はむくりと起き上がって部屋の電気をつける。そして枕元にあったティッシュを二枚取ってくしゃくしゃに丸め、それにもう一枚のティッシュをかぶせた。
首のところをきゅっとねじると、超お手軽てるてる坊主の完成だ。祝は絵が壊滅的に下手なので、もちろん顔なんて描かない。
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