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なーちゃん(七瀬)
ゴーストライターのゴーストライターだなんて馬鹿げている。幽霊の幽霊作家の姿など誰にも見えていない。さっさと辞めてしまいたい。辞めてしまいたいのだが、清水が会う度に体にアザをつけてくるので断ることができずにいる。
もう耐えられない。
ゴーストライターとして世間を欺き続けることが。
清水のアザが増えていくことが。
誰にも相談できない3つの命を私一人で抱えることが。
いつまで続くかわからないこの地獄が。
誰にも言えない私は鏡に向かって話すようになった。一人でずっと抱えてきたことが2人に分散している気がして、随分と気持ちが楽になった。
清水が痣を増やす度に話す。私の書いた歌詞が世間に広がる度に話す。バンドマンクソ野郎が死にたいと言う度に話す。清水が死にたいと言う度に話す。
鏡の中の女性は家に帰れば必ずいる。それでも耐えきれなくなると、鏡を買い増やした。3人、4人、5人…。部屋は鏡だらけになった。誰も人を入れることができない。
鏡を増やし続け100を超えて部屋は鏡だらけになった。その頃にはどれだけ鏡を増やそうが不安は解消されなくなっていた。
ある日私は鏡にいる女性を割った。
色々な方法で女性を割った。トンカチで叩き割る。ハサミで割る。バーナーで炙って水をかけて割る。
不条理に無意味に割られていく女性を見ると興奮した。
しかし、慣れとは恐ろしいもの。割る行為にすら飽きた。この時にはすでに私の行動理念は不安から探究心へと変わっていた。鏡の中の女性が羨ましい。自分がいずれこの考えに辿り着くことが当然のことだと元から予感はあった。
手近にある割れた鏡の中から最も鋭利なものを選ぶ。袖をまくり割れた鏡をゆっくりとあてた。鏡は一瞬躊躇したように見えたがそれは私の思い違いだった。白い肌から真っ赤な血が流れる。生ぬるい肌と温度のない鏡に垂れるのを眺めた。
「お揃いだね」声が聞こえた気がした。
鏡の中の鋭敏な目は、私を下から覗いている。鏡に映った目から血が涙のように流れ、微塵の迷いもなく私を睨んでいる。
ああ、私はこれを求めていたのだ。
私はつられて涙を流し、震える声で発した。「お揃いだね。」
私たちの意識は暗闇の中へ溶けていった。
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