なーちゃん(七瀬)

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なーちゃん(七瀬)

鏡の中に女性がいる。 女性が笑うと私もつられて笑う。 女性が泣けば私もつられて泣く。 無表情で空虚を見つめ数時間。 ガチャ。ドアが開き誰が入ってくる。 と同時に鏡に花瓶を叩きつけた。 鏡の中の女性は割れて、私は倒れた。 意識は暗闇の中へ溶けていった。 病室に朝日が差し込み、耳に鳥の囀りが入ってくる。横を見ると一人の女性が座っていた。 「清水?」 「なーちゃん大丈夫?家に行ったら倒れてて心配したんだよ!」 「ごめんなさい。」 状況は理解できてないが口に馴染んだ言葉が出てきた。 「リンゴ剥くね。食べれる?」 「うん」 呆けた頭で昨日のことを思い出す。私は罪悪感と空虚感に耐えきれずに鏡を割って倒れたのだ。そこに清水が来てくれて病院まで運んでくれたのだろう。だろう、だなんて言ったがそこら辺の記憶はしっかりとある。ドアの音と同時に鏡を割る。そして睡眠薬を飲んで気を失ったフリをした。緩やかに意識が飛んでいくのを待った。計画的犯行だ。 清水は私の数少ない友人である。器量がよく、美人で、有名なバンドマンの恋人だ。 しかし彼女には誰にも言えない秘密があった。世間は知らない。清水がゴーストライターということを。初めは罪の意識もなく、彼に「歌詞書いてみてよ。」と言われなんのきもなしに書いたのだろう。賢い子だからそこそこ上手く書けた。それがヒットしてバンドは売れ出した。初めはとても喜んでいた。自分の書いた歌詞が世間に認められ街で流れているのだ。しかし、もともと歌詞を書く才能がない彼は清水にまた歌詞を書かせた。いい歌詞が書ければ彼氏が喜んでくれるので嬉しかった。しかし、歌詞が書けないと機嫌を損ねるようになり、酒に溺れ暴力を振るうようになる。清水はもう書けないと言ったら、書けなければ俺は死ぬと言い出す始末だ。彼女は自分が歌詞が書けないせいだと自分を責めて、また歌詞を書く。しかし初めの一回以降は自分では全くかけないので体にアザだけが増えていった。地獄だ。 なぜ私が秘密を知っているか。 バンドマンの彼は知らない。 私が清水のゴーストライターであることを。
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