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いつもの朝の、いつものバス停。
あたしは周りの人と目を合わせないようにしながら、時間を待っていた。あたしの乗るべきバスは、あと5分ほどで到着するはずだ。
出勤、通学に向かう人たちで込み合う時間帯。私の隣ではビジネススーツのおじさんが欠伸をしてる。
斜め前には、あたしと同じ学校に通ってる「コウさん」とか呼ばれてる人がいた。熱心にスマホに見入っている。見た感じ、SNSか何かのアプリを使ってるみたいだ。
この「コウさん」の本名は知らない。けど、背が高くてすっごい美形で、学校でも目立つ人なのは確かだ。同じクラスの友達の話だと、二年生で、テニス部の副部長なんだって。服装も清潔感があって、すごく人気のある人だ。ファンはいっぱいいるけど、誰から告白されても交際を断ってるとかなんとか。
趣味もなければ特技もない、告白イベントなんか経験したこともないあたしとは、別の世界に住んでいるような気がする。こんな人とお近づきになれたらなぁって思うけど、まぁ、そんなことはこれから二年半の高校生活で、きっと一度もないだろう。
足早に道路を駆けてくる、制服姿の子が視界に入った。あたしは、それが誰かに気が付いて、軽く会釈する。その子も私に会釈を返す。
あれは薫だ。前より少し背が伸びたかも。
薫とは小学生のころは同じ学校に通っていたし、クラスも同じことが多かった。だからよく、一緒にプールに行ったりゲームをしたり。まぁ、仲が良かったといっていいんじゃないかな。
でも、中学になったとき、あたしは私立、薫は公立の学校へ進学した。それからは、なんとなくだけど、没交渉になっちゃった。ご近所だから、たまに顔を合わせるし、挨拶くらいはするんだけど。
薫はバス停に並ぶ人たちの最後列に並んだ。なんということもないよそよそしい空気が漂う。知り合いだけど微妙に疎遠っていうのは、なんでこんなにも居心地が悪いんだろうか。
しばらく待っていると、路面を滑るようにバスが走ってきて、目の前で止まった。バス停にいた人たちの列をバスが飲み込んでいく。もちろん、あたしも流れに従って、混み合うバスの乗客となった。座席なんて空いてないから、つり革につかまることになる。
混雑する道をバスは進み、トンネルに入る。このトンネルがまた長い。オレンジ色の照明に照らされた薄暗い道路が延々と続く。学校のある街の中心部に行くには絶対に通らないとダメな所なんだけど、自動車の騒音が反響してやかましいったらない。しかも今日は、どこかの窓が開け放しだったみたいで、騒音と排気ガスの臭いが直接車内に吹き込んでくる。誰かが、窓を閉めろよと声を上げて、そのあと、やっと風が止む。やれやれ。
トンネルがの半分ほどまで進んだところで、異変があった。バスの前を走っていたトラックが、急に向きを変えて、車線を横切るように走り出した。もちろんトンネルの中に、横道なんてものはない。
何が起きているのかに気が付いた乗客たちが、あ、と短く間の抜けた声を上げた。
次の瞬間、トラックは他の乗用車に接触して、弾かれ、横転した。
タイヤがブレーキを噛むギャギャギャッという耳障りな音がして、バスが急停止する
乗客は悲鳴を上げた。私も何か叫んでいたような気がするけど、何といっていたかは自分にもわからない。つり革につかまって、転倒した他の乗客の体重にもみくちゃにされながら、必死に耐えていた。
バスが完全に停止して、緊張に満ちた沈黙が車内を支配する。
倒れていた人たちも、あたしも、のろのろと立ち上がって、今の状況を把握する。幸いなことに、バスは横転したトラックに突っ込んだりはしていない。その手前でなんとか止まれたみたい。
トンネルには煙がもうもうと舞い上がっている。トラックが火災を起こしていた。不安そうな声が行き交い、泣いてる女の子もいるみたいだ。
バスの運転手が大声で呼びかけた。
「お客さん。火事が起きていますが、バスは大丈夫です。後ろに車がいるので、バスを動かして避難はできません! 車両後部の出口を開けますから、順番に外に出て、すみやかに前へ進んでください! 風が前の方から吹いていますので、後ろに避難するのはやめてください! くれぐれも、煙を吸い込まないように――」
乗降口が開く。人が我先にと殺到する。満員の乗客の大半が一気に移動を始めたものだから、あたしは波にもまれる木の葉みたいに、バスの外へと流される。流されるというのは誇張じゃない。乗降口から出たところで、あたしは投げ出されるように、アスファルトの地面に倒れ込む。ついでに眼鏡も外れて落ちる。最悪だ。
「押さないで下さい!」と、運転手の声が聞こえる。あたしは眼鏡を探してアスファルトの上に手を這わせる。もう、どこにもないじゃない。
もともと薄暗いトンネルなのに、火災の煙に眼鏡がないことも加わって、視界はゼロ。避難する人たちの足音がだんだんまばらになって遠ざかる。待って、あたしの存在に誰も気が付いてない?
「たすけて!」
あたしはパニックになって叫んだ。
「たすけて! 置いて行かないで!」
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