暗闇の中のエスコート

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 不意に、誰かがあたしの首根っこをつかんで、立たせた。 「どうした? 足を挫いたの?」  よく通る、男の人の声だ。良かった、まだ人がいたんだ。 「あの、眼鏡が、眼鏡が無くて」と、訴えると、男の人が屈みこむ気配があって、私の手に何か金属のものが押し付けられる。 「ホラ、ここにあった」 「あ、ありがとうございます!」  指で手繰ってみたけど、これは確かにあたしの眼鏡だ。これで少しは視界が良くなる。何より、人が隣にいるから安心だ。目の前にいるのは背の高い男の人みたいだけど、暗くて顔が見えない。 「急いで逃げよう。火事が起きてるけど、歩道までは広がってないから。ゆっくり歩いても五分で外だよ」  男の人があたしの手を引いてエスコートしてくれる。遠くに、トンネルの出口らしい光が見える。私たちの近くには、人の気配がない。みんな避難してしまったみたいだ。 「あの、ひょっとして戻ってきてくれたんですか?」  思い切って聞いてみると、返事があった。 「ああ、声がしたから。誰か困ってるなら、助けなきゃって思ったんだ。ケガはない?」  さも当然という口調。なんだこの人、行動が紳士でカッコいいじゃないの。  あたしは、ちょっとか弱い女子っぽく、あえて小声で答える。 「あの、転んだ時に膝をすりむいちゃってて……」 「本当? もっとゆっくり歩こうか? それとも、おぶった方がいい?」  うおっ、優しい。きっとこの人イケメンだわ。おぶってもらうのもいいけど、トンネルから出たときに人に見られるのは困る。 「大丈夫です。行きましょう」  なーんて、できるだけ可愛い声で答えておく。  くふふ。今はエスコートだけでガマン我慢。外に出たところで顔を確認して、想像どおりのイケメンだったら、できるだけ自然な口調でSNSアドレスを聞き出そう。逃さないわよ。  ……などと思っていたら、バチが当たったのだろうか。突然後ろで、ボンという爆発音がした。振り返ると、横転したトラックの炎が勢いを増している。積み荷が可燃物だったのだろうか。なんだか煙の量も多いような。 「ちょっ、ちょっと。急いで逃げましょ」  イケメン(仮)と仲良くなるのも大事だけど、さすがに命あってのナントカだ。ひきつった早口でそういうと、隣の男の人も流石に焦っていたみたい。あたしの手を引いて出口へ走り始めた。  けど、私の足が追いつかない。これに気が付くと、彼は立ち止まり、あたしを抱え上げて、お姫様だっこしながら走り始めた。なにこれ、こんな経験ないんですけど。 「急ぐぞ」  ちょっと早口でそういう彼。有無を言わさずという感じ。これってイイかも。おぶってもらうより断然いい。彼の首に両手をまわしてしがみつく。さりげなく、さりげなく。こんなシチュ、一生に一度あるかないかなんだし、これくらいいいよね?  大変残念なことに、トンネルは長いとはいっても限りがある。ついにあたしたちは外に出て、日光の下に戻った。  恐る恐る、あたしは顔を向けて、イケメン(仮)の顔を見る。  そして―― 「ゲッ? 薫? あんただったの?」 「なんだよ。気が付かなかったのかよ」  彼は私を地面に下ろした。その口調は、ちょっとガッカリしてたみたいだ。 「だって、声が全然違うし」 「あー、そっか。俺は中学入ってから声変わりしたからな」 「力あるじゃん」 「そうか? まー、お前はチビで軽いしな」  むかっ! あたしは薫の足を軽く蹴る。 「いてっ! なんだよ」 「言い方! 褒めてんだから、素直に喜びなさいよ!」  小学生の頃の薫は、男の子にしては頼りなくて、あたしより背も低かったはずだ。女のあたしと喧嘩して負けたことさえあったはず。中学、高校と、見かけるたびに、なんか大きくなったなとは思ってたけど、今はあたしをお姫様抱っこできるなんて、けっこうやるじゃん。
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