室《むろ》

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家のすぐ近くに小さな神社があった。 ばあちゃんと一緒に 朝 神社にお参りに行った時。 ばあちゃんは何を思ったか 神社の横の急斜面の草わらに足を踏み込み 手招きして俺を呼びよせ 「イイもの見せてやる」 と言った。 草わらの一部に古い小さな板戸みたいなものがあった。 その板戸を開けると洞窟みたいな穴になっていた。 「ここは戦争中 防空壕だった。」 「ばあちゃん が 掘ったの?」 「いや 町内の人たちで掘ったんだ。狭いけど ここに子どもたちを避難させたんだ。」 俺が入ってみようとしたら止められた。 「入ったらダメだ。もう古いから いつ崩れるかわからない。この穴のことは誰にも秘密だ。イタズラして子どもが入って崩れたら こんな場所で泣いても叫んでも誰にも聞こえないから。死んでしまう。」 その穴の記憶は 強烈だった。 戦争中 空襲警報が鳴り響き どこからともなく走って集まった子どもたちが暗い穴の中に隠れて危険が去るのをジッと待っている気持ちを想像する。 俺は何度も何度も その想像を繰り返すうち まるで自分が経験したかのような錯覚に陥るのだった。 その後 家の室に入ると その防空壕の暗闇の記憶が蘇るようになった。 非日常の暗闇という以外 共通点は何もないのであるが。 俺の頭の中には いつしか 家の室と神社の横の防空壕は 古い地下通路でつながっているという超身勝手な空想世界が描かれ始めた。 家の室の壁はコンクリートで 隙間も扉もないのであるが 暗闇である。 暗闇というものは ないものを想像させるには もってこいの場所。 暗いから見えないだけで 実は 秘密の扉が在るかもしれない。
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