刺客、山猫

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刺客、山猫

夜叉鬼(やしゃき)南沢(みなみさわ)の方向から結構な数がこちらに向かって来ているそうだ」 夜叉鬼――――そう呼ばれる男はこの一帯を牛耳っている山賊、『山鬼(やまおに)』の(かしら)である。 背はそれほど高くなく、鼻筋がすっと通っていて切れ長の二重という端正な顔立ちに、透き通るような白さの肌を併せ持つ。更には色素の薄い栗毛色で少し癖のある肩まで下ろされた髪の毛がフワリと風で靡いた。 「捺米(なつめ)。あんたに任せる。俺は面倒くさそうだから行かん」 「そうか。じゃあ勝手にやらせてもらうぞ」 「あ、若い衆を三人こちらに寄越してから行ってくれ。誰でもいい」 「何故だ」 「俺はここから一歩も動くことなく、あれこれと用事を言い付けたい」 夜叉鬼はこの集団に代々伝わる巨岩(きょがん)を削り造った大人一人が余裕で横たわることの出来る玉座の上に自分の身体をゆったりと委ねながらそう伝えた。 「……全く。どこまでも無精な奴だな」 捺米と呼ばれるこの男は、夜叉鬼の世話役で、この山賊集団『山鬼』の参謀の役割を果たしている。夜叉鬼よりも歳は五つ上であり、彼からは兄のように慕われている。 仲間のうちでは一番背が高くすらりとしており、長い黒髪を後ろで束ねている。切れ長の目を持つ夜叉鬼とは対照的で大きくて綺麗な垂れ目であった。 二人とも系統は違えど、都でも稀に見ることは叶わないような麗しき姿であった。 「お前ら、行くぞ」 「はい! 」 捺米の一喝で周りにいた連中の間でピリッと空気が張りつめた。皆が旅人狩りの為にここを去ったあと、夜叉鬼は取り残された。頭だというのに護衛の者を普段からつけてはおらず、まるっきり独りになってしまった。 すると彼は自分の左側に見える雑木林の方に目をやった。そして独り言を叫んだ。 「お望み通り一人だけになってやったぞ! それを狙っていたのだろう? いい加減に姿を現したらどうだ! 」 そう言った途端に、ガサガサと茂みが怪しく蠢いた。そして、何かがそこから飛び出てきた。 それは短刀と弓を携えた青年だった。 右目に眼帯をしている。髪は夜叉鬼より更に色素が薄いようで、日光にさらされて赤みがかっている。背中の弓と矢に片方の手をかけながらもう片方は短刀を突き出してじりじりと夜叉鬼を岩場の方に追い詰める。 「二日前からこそこそと俺の周りを嗅ぎ回っているな。俺を討って来いと誰に言われた? 」 青年はその問いに答えることはせずに、ただふぅー、ふぅー、と呼吸を調えて飛び掛かる機会を伺っていた。しかし確実に夜叉鬼へと滲み寄ってきていた。 はあーっと、夜叉鬼は面倒くさそうに頭をポリポリと掻き出した。 と、次の瞬間、その頭の後ろから一瞬で短刀を彼目掛けて投げつけた。 それを敵は寸でのところでかわした。 ところがその刹那、夜叉鬼は既にその間合いに入り込んでおり、そのまま後ろを取り首筋に手刀を振り下ろし、青年を一撃で気絶させてしまった。その早さたるや人の業とは思えないほどであった。 地面に突っ伏してしまった彼を上から見下ろしていた時である。 「お頭っ! どうしました? 誰ですか、そいつは」 捺米のよこした連中がやっと到着した。夜叉鬼はそちらの方に顔を向けると、こう告げた。 「客人だ。お前ら、デカい丸太を二本、石窟に持っていけ」 「は、はい! 」
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