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「鬼さん。こちらへ……ここにおつむを乗っけとくれやす」
今日、九条は鬼丸を呼んだかと思うとそう命令した。
鬼丸は耶駒と刀の稽古をしていない時は、九条と一緒にずっと部屋に籠っている。
いつも二人で碁を打ったり、双六をしたりと、室内で出来るような遊びに誘われていた。
人嫌いで他のものと極力何かを共にしたくない九条であったが、鬼丸にだけは違った。少しづつ心を開き始めているのだろうか。
今まではただ一方的に、日に何度も着せ替えをさせられたり、化粧をされたりして、ただただ九条の気の済むように愛でられるだけであった。しかし今となっては、奴婢が主人と対等なことをして、これではまるで友人のようである。
九条は何処か変わっている。
この屋敷の主人であるが、胡座はかかない。座るときは必ず正座をする。その太腿部分に鬼丸は素直に従って頭を乗せてころんと寝転がる。
すると九条はおもむろに鬼丸の頭を撫で始めた。そして慈しむようにして彼の髪の毛先を弄ぶ。鬼丸はそんな主人を上目使いで見上げた。その顔を見て、九条は至福を感じる。
ただ、それだけだった。彼はそれ以上のことを決して鬼丸には望まない。だからまるで、本物の愛玩動物のようであった。
今日の九条は珍しく饒舌だった。
「……なあ、鬼さん……」
「ん? 」
鬼丸は主人に対しての口の聞き方を知らない。だが九条はそれを良しとして、全く気にしている様子はない。
「うちは、やはり誰が見ても醜いどすか? この世界からしたら、厄介者どすか?」
いきなりこんなことを言い出すなんて……
鬼丸は彼にいつもの様子ではない違和感を感じ取った。
「どうしてそんなことを俺に? 」
思ったことを素直に聞いてみた。すると九条は悲しそうな顔で笑って言った。
「何でと言われてもわからしまへん。ただ、今さっきそう思い付いたさかいどす。
こないに短い手足やし、顔も大きおしてこんなんやから。他の殿方みたいに凛々しゅうもあらへん。かといって女子みたいに麗しゅうもあらへん。うちはほんまに、何ちゅう生き物なんやろ? やっぱし、化けもんなんかいな」
そう言って、相談相手の髪の毛を撫でながら遠い目をする九条に鬼丸は少し考えてから言った。彼の言葉に打算などというものはない。田舎育ちの純粋な彼は、相手に対して常に本心を語る。
「俺は……他の人から見て、九条様が醜いかどうかなんて正直わからない。でも……俺は化物を良く知ってる。そいつは九条様と全然違う。九条様より手足は長いし、顔だってずっと小さい。だけどそいつは心がとても醜い化物なんだ」
そこまで言って九条の顔にチラリと目をやれば、彼もまた鬼丸を見下ろしていたので、目が合った。頭を撫でる手を止めて鬼丸のことをまっすぐに見ている。鬼丸は続けた。
「だから俺は九条様が醜いだとか化物だなんてちっとも思わない。もちろん厄介者だとも……それどころか奴婢の俺をこんなにも良くしてくれてる九条様って、とても親切で良い人だなって……心の綺麗な人なんだろうなって、そう思うよ」
鬼丸は九条の膝の上でニコッと笑って彼を見た。
すると九条は少し瞳を潤ませながら言った。
「……なあ鬼さん。手、握らして? 」
「? ……うん……いいけど……」
鬼丸は少し不思議そうに、片手を差し出した。九条はそれを大事そうにしかしぎゅっと、力を込めて強く握った。
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