好転

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『ここから出ていくということに執着しいひんで、どっしりと構えなされ……今はそこに向けて力を蓄えておくんや……』 耶駒にああ言われてからというもの、鬼丸は長い悪夢から目が覚めたように不思議と焦燥感に駆られることが徐々に無くなっていった。 ―――――捺米兄は生きている―――――― 日を追うごとに、何故かそんな確信を持ち始めていた。この屋敷に来てから毎晩山鬼のことを考えているのだが、始めのうちは猿寿丸(えんじゅまる)に対しての憎しみが全てを占めていた。故に『捺米はもしかしてあいつに殺されたのでは? 』などと後ろ向きなことばかり考えてしまっていた。しかし、だんだん理性的に別の考え方が出来るようになった。 捺米は父たちが殺されたあの場には居なかった。更には、あれから何日か後に帰る予定だった。そうだとすればあの寿へと戻る前に、何らかの形で異変を察知することは充分に出来るはずだ。 それに捺米兄は慎重で賢い。いくら親を討たれようとも、その相手に向こう見ずな戦いを仕掛けて自分の命を易々と無駄にするようなことはしないはず。あの人のことだから、持ち前の忍耐強さで堪えるに違いない。そして機会が来たら必要な行動を起こすであろう。だからまだ無事な可能性の方が高いと思う。 里の家族たちも然り。 猿寿丸はそんなに簡単に、今まで育ってきたところの仲間を虐殺などするであろうか? 殺して何の得が? 冷静に考えるとそんなことが頭を過る。 今にして思えばあの時あの三人は最初に揉めていた。そして礼米(あやめ)は、猿寿丸に対して『きちんと説明しろ』と詰め寄っていた。 ということは、あの殺しは計画的なものではなくて、何かの口封じの為…… 父たちは猿寿丸の何を知ってしまったんだろう? そんな疑問が湧いてくる。 だから大丈夫。皆は無事なはずだ。 全てとは言えないが、そんな風に心から思うことが出来るようになった。 剣の稽古で激しい動きをしているし、前向きな考え方が出来るようになったお陰で、鬼丸は良く眠るようになった。 今も九条の部屋で彼と二人、布団は別々だが一緒に横になっている。 「鬼さん? 起きてはる? 」 「……」 九条はまた九条で思うところがあった。 今日は夢見が悪く、過去の悪夢に囚われてこんな夜中に目が覚めてしまった。 自分だけがこの世に一人きりでいるという錯覚に陥り、思わず横になっている鬼丸に話しかけた。しかしぐっすりと眠っているようで反応はない。 彼の背中を見ながら、九条はにこやかに笑った。 小さな頃、まだ何も知らずに丁度わんぱくな盛りで実家の屋敷から外に走り抜けた。 すると外の道で誰かが歩いていた。 その人は九条を見るなり眉をしかめてこういった。 「うわっ。化けもん! 」 絵付の本を乳母に読んでもらったことがあるので化物がどんな成りをしているか、知っていた。 その言葉が今までずっと九条を支配してきた。それを基準に生きている。もともと美しいものが好きだったので、絶望的だ。 ――――――自分は醜い―――――― だから美しいものに憧れて異様に執着してしまう。やがて『収集物(しゅうしゅうぶつ)のひとつ』のつもりでそんな奴婢(ぬひ)を探し始めた。今まで何度三島に頼んだことだろう……確かに皆綺麗な見た目をしていたが、気に入ったものはいなかった。だから買うことはなく全て断ってきた。 だがしかし。ようやく鬼丸に出会った。 九条は鬼丸の布団のところまで膝を擦って歩いてその枕元に着くと、いつものようにその柔らかな髪を撫でながら呟いた。 「鬼さん……なんや。うちを初めて見た瞬間、眉しかめて嫌な顔真っ直ぐに見てくれてたの……そやさかいうち、思たんや。 ――――こんなにも持った人見んの、初めてやっ! て――――― 見た目も勿論なんやけども、そんな鬼さんがもう好き過ぎて……(なん)ちゅうたらええか……その……うちに付き合わして堪忍な……」 鬼丸は今そんなことを告白されているとはつゆも知らずに、気持ち良さそうに寝息をたてていた。
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