故郷へ

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夜が明けてきた。 烏が何度も鳴く頃、山の稜線が徐々に浮かび上がってくる。 そして暫くすると、その背後から光の筋が一つ、また一つと現れた。そこからはあっという間だった。 日の出。―――――――――― 久々の外は何とも言えなかった。太陽の熱がじんわりと身体に伝わってきた気がした。 空気を思い切り吸う。 故郷のそれと何かが違う。だが旨かった。 今日は無事に馬を買えるだろうか…… 耶駒が教えてくれた。 『ずっと北へ向かって行き、必ず『丹波(たんば)』国内で馬を買うこと』。 何故ならばそのまま海に出て海沿いを東へ進んで行けば行くほど、下馬(げば)でもその値は跳ね上がってしまうというのだ。だから、その前に手に入れろと言われた。 夜通し起きていて疲れていた筈であったが、気分が高揚していたのでどんどん歩くことが出来た。 だが明るさが増すにつれ、自分の服装が気になった。白い寝巻きを着たままである。 しまった。これだと怪しまれる…… 流石の耶駒もここまでは頭がまわらなかったようである。 鬼丸は考えた。そして、どこでもいいから家を探すことにした。 日もすっかり昇った頃、ひとつの集落が見えてきた。 そこの一番大きな家を訪ねてみた。何故ならば、他人にやっても良いくらい服を沢山持っていそうだったからである。 門をくぐり、そのまま戸を叩いてみた。 「朝っぱらからすまん。開けてくれ! 」 ――――――――――― 暫くすると、戸にかけてあるつっかい棒を退かすような音がした。 「はい? 」 使用人であろうか。中年の女性が顔を出した。そして鬼丸の顔を見た途端、目を見開いて顔を赤くした。そしてほつれた髪を丁寧に直し始めた。 「何か? 」 「すまんが、頼みたいことが。主人はいるか?」 「はあ……ちょいお待ちを」 女は奥へと下がり、暫くすると白髪で髪を後ろに結った男が現れた。 「何かご用でっしゃろか? 」 明らかに鬼丸を警戒したような目付きで見てきた。 「……わいはお宮から来たもんどす。ここよりもっと東の屋敷に早急な用事言いつけられてこないな成りで来てまいましたさかい、服を売ってはくれしまへんでっしゃろか? 」 「……」 その男は無言のまま何かを考えていた。鬼丸が見るからに怪しすぎるのだろう。 仕方ないと思い、懐をまさぐり、耶駒からもらった巾着を取り出した。そして金子(きんす)の音をじゃらじゃらと鳴らした。 「なんぼで売ってもらえる? 」 男は目を丸くし、態度を変えた。 「ちょ、待っとってもろうてもええどすか? 」 ◇◇◇ 動きやすい服を身に纏い、更に北へと進んでいった。 先程の主人から最寄りにある民間の(まき)(※今でいう牧場)の場所を教えてもらい、そこへ向かった。 耶駒と九条から貰った餞別を合わせると、下馬(げば)どころか細馬(ほそめ)という最も優良な脚の速くて大きい馬も買えないことはなかった。だが今後(せき)を通る度に、金子をいくら使うかわからなかった。だから下馬並みに足腰も強くて、それよりも一回り大きく脚もそんなに遅くはない中馬(ちゅうめ)というのを選び、手に入れた。 そこの主人から初めて馬の乗り方を教えて貰った鬼丸は、あっという間にすぐ乗りこなしてしまった。 馬に名前をつけた。 恩人たちから一文字づつ取り、『耶九丸(やくまる)』と呼ぶことにした。 彼は温厚で優しい目をしていた。そのつぶらな瞳は、九条を思い出させる。更に身体は鹿毛(かげ)(茶色をした馬の体毛)でいて、そして(たてがみ)は黒く艶めいている。そのがっしりとした背中の形と褐色がかった色合いを見ていると、どうしても耶駒のことを思い出した。そういう理由から、数いるなかでもこの馬に一目惚れしたのだった。 「これからよろしくな、耶九丸」 鬼丸はそう言って彼の鼻筋を愛おしそうに撫でた。 新しい仲間と共に海まで辿り着くと、とにかくその界隈の道を東に沿ってどんどん進んでいった。
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