刺客、山猫

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夜叉鬼は檻の出入り口を普通の扉を開けるのと同じ様にいとも簡単に開けてしまった。 「! ……(じょう)は掛けていないのか? 」 山猫は驚いてそう聞いた。 ここに収容されているということは、錠も掛かっていて当然だろうと思い込んでしまっていた。 更に言えば、まさか自分が今まで生かされてこんなところに放られるとは思ってもみなかったのだ。暗殺が失敗した時、敵は必要な情報を聞き出す為に自分を拷問し、それを吐かせたならさっさと殺すことだろう。そう考えていた。だから牢に入れられた場合の対処の方法など考えもしなかった。 「何故そんな事を聞く? 」 夜叉鬼が怪訝な顔をする。 「捕虜が簡単に逃げられるようにしておいたらここに入れている意味がないだろう」 それを聞いた夜叉鬼は目を丸くし口をポカンと開けて暫く黙ったあと、ぷっと吹き出した。その思いの(ほか)あどけないような顔に山猫の胸はざわついた。 「失礼な奴だな。ここは俺の部屋なんだぞ」 「……は? え? 」 山猫は予想もしていなかった答えに思考が追いついていかなかった。 「でもどう見たってこれは獄舎だぞ。皆からいつも金を巻き上げてる山賊の頭がこんな辺鄙なところでくつろいでる筈ないだろう」 それを言うと夜叉鬼はクックックッと更に可笑しそうに笑った。 「お前は山を知らないな。俺らは麓のものたちと違って同じ場所にいつまでも留まらない。だから沢山の金と人手を使って立派な城を作ったって無意味というものだ」 「何故いちいち移動するんだ? 面倒じゃないのか? 」 夜叉鬼はやれやれと言う顔で山猫を見た。 「冬が来るだろう? この辺りは多くの雪が降る。降ってきたらどうなる? 雪山に長く入ったことはあるか。 下界とは雪の降る量が桁違いなんだぞ。そこにいくら大きな御殿を建ててみてもすぐに埋もれてしまうし、最悪雪の重みで簡単に潰れてしまう」 「じゃあ冬の間はどうするんだ? 」 「だから場所を移動する。ここ一帯の山の中でも、最も雪の少ない場所へと。それに――雪だけではない。 山賊は常にお尋ね者だからだ」 山猫は興味ありげにずっと耳を傾けている。 「俺らの首を狙ってくるものたちに、アジトを簡単に突き止められないようにしなければならない。まあ、今回お前が突き止めてしまったようにとまではいかないが……見かけ倒しのマヌケな朝廷軍くらいには有効だろ? 」 山猫はそれを聞いて思わずクスッと笑ってしまった。 「奴らは雪が降らない間、山賊狩りに躍起になって頻繁に山に入る。だから俺達はなるべく討伐しにくいような奥深く、なるべく険しい山中に籠る。だが冬は雪があって危険だし面倒だから山賊狩りは山に入らない。それで俺たちも今度はなるべく雪の少ない麓の辺りへ移動する。それの繰り返しだ。 そういうわけだから山賊は建物をほとんど持たない。ずっと昔から俺らの先祖も色々な箇所を転々としてきた。そしてその(つど)、自然に溶け込み、自然と一体になったものを造っては子孫へと遺してきてくれた。だから言うなれば俺達の城はこのなんだろうな」 「そうだったのか……」 山猫は昔からのその合理的な知恵に思わず感心した。 「さあ、喋ってないで風呂だ、風呂。川原に行くぞ。早く身を清めてしまえ」 夜叉鬼は山猫の腕を手にとって引っ張った。そして躊躇っている彼をやや強引に外へと連れ出した。
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