貝の押絵と旅する女

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* 「電車何時にする?鳥羽から最寄り駅まで意外とかかるんやろ?」 彼は熟睡した様子だった。 荷物をしっかり片付けた私達は 旅館で朝食を食べていた。 「ねぇ、その前に江戸川乱歩館に行ってきていい?一人で行きたいの。」 そして私は、鳥羽駅から少し歩いた国道42号線の外れの古びた町並みでひっそり息を潜める、江戸川乱歩館に入場料を払った。 かつてマコトと盛り上がった”幻影城”へと足を踏み入れた。 そこは、怪奇小説で知られる乱歩が脳内で作り上げたと思しきイメージ世界の一端を土蔵で表現した城。 薄暗い小屋の中には、突然動き出す人形。コウモリ。蜘蛛。人の手。 それは例えるならば、お化け屋敷だった。 ──なのに、小学生の頃の甲高い愉しそうな笑い声が、数々の思い出がどんどん甦ってきたのだ。 ドタドタ土倉をはしゃぐ、子供の頃の足音が、鼓動の高鳴りと共鳴した。 マコトが読書の世界でたくさん空想をし、我慢していたこと。三重を好きになろうと努力して乱歩を知ったこと。私だって家族を支えようと友達の誘いを断り家事に努めたこと。初めて千円札を使ったとき驚いたこと。どうしようもなく寂しかったこと。誰かに気づいてほしかったこと。 今日までたくさん食卓を囲んだ無数の日々が、家族の優しさが、これからは過去になってしまうと思うと胸が張り裂けそうなこと。 おもちゃ箱をひっくり返したような怪奇アイテムに囲まれた私は、 壁に掛かった怪人二十面相のシルクハットを手に取り、被って鏡に映して見せた。 鏡の向こうの私は、小学生の頃となんら変わっていなかった。 可笑しくて笑ってしまった。 「うつし世はゆめ、夜のゆめこそまことかぁ。そうかもしれへんな。」 引っ越しも転職も、乱歩は計り知れないほど経験した。 大丈夫。地元や家族を離れるのは、怖くなんかない。きっとこれから待ち受ける現実はびっくり箱の連続だろう。 でもきっと、だからこそ面白いんだ。
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