貝の押絵と旅する女

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近鉄観光特急しまかぜに乗ってやってきた彼を伊勢市駅で出迎えて、私達は合流した。 軽く観光をして、そして再び電車に揺られ、 ───ついに鳥羽駅へとやってきたのだ。 駅から繋がる商業施設の鳥羽一番街。 そこの3階の展望室にて、夕暮れの鳥羽湾を見下ろした。 そこからは青い海に浮かぶ離島や、鳥羽湾めぐりの客船が一望できた。 窓の外の景色に、目を輝かせる彼の横顔。 胸がギュッとなった。 だって、誰かとこんなふうに展望室に座って地元を見下ろすのは、 これが初めてじゃなかったからだ。 二回目だったのだ。 海沿いの国道42号線の歩道を歩いていると、辿り着いてしまった。 車道の向こうの近鉄線下の通路に 怪しいシルエットが、変わらず居た。 そこを二度見したときに、すべては始まっていたのかもしれない。 「か、怪人二十面相……。」 怪人二十面相の形にカットされた巨大なウォールステッカーは、鳥羽の観光案内をすべく、その高架下に鎮座している。各観光地や駅までの方角と距離を密かに教えてくれるのだ。 そして怪人二十面相は、必ず西の「江戸川乱歩館」を指差していた。 東を見渡せば一面の海、そのまま南へ向かえば鳥羽水族館等の観光地へと辿り着ける。その分岐点に怪人二十面相が、海へ行く客を山側へと誘うように立っているのだ。 「何見てるの?」 「なんでもないよ。」 「さっきからキョロキョロしてる。もしかして思い出の場所やった?」 「……昔、友達とあっち側通ったことがあって。小学生のときのことやけど。」 一瞬山側に興味を示した彼だが、すぐに海側へと目を奪われた。当たり前だろう。 「いいなぁ。俺もこういう海の見える開けた街で育ちたかったな。」 「ええっ。塩害えらいよ。砂ぼこりやって家ん中入ってくるし。」 「俺の住む京都は盆地やから暑い。山の中やし。」 潮風で濡れた彼の髪や額を麻のハンカチで軽く拭いてあげた。 ありがとう、とはにかんだ。 風になびく彼の白いシャツ。その背後には、あまりにも広大すぎる、深い青色をした鳥羽の海が広がっていた。 地元の大学に進学し、地元の企業に就職した私は、ずうっとここから出たことがない。 変わらない海の香りに囲まれているからか、 いつの間にか自分が年を重ねて大人になっていたことに時々驚いてしまう。 そして、もうすぐ結婚する彼を連れて鳥羽にやってきた。 明日彼を両親に紹介する。 なんて知ったら 江戸川乱歩が好きなあの子は、どんな声で笑い飛ばすのかな。
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